2008年12月 8日 (月)

読んだものの中から<11月>

『アナロジーの力 認知科学の新しい探求』 キース・J・ホリオーク/ポール・サガード著 鈴木宏昭/河原哲雄監訳  新曜社

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人は何か新しい事態に直面すると、これまでの経験や似た事柄から類推して判断しようとするよね。決して理詰めではなく、直感や飛躍的に。
そうした比喩とか例え話とかのアナロジーが、幼児から、詩人や学術研究にいたるまで、いかに思考の道具として駆使されているかを、丁寧に辿り概説している。
こうして見ると、アナロジーって人間(ある種の霊長類を含めて)の、すごく原始的な思考方法というのがわかる。
でも、そのきわめて原始的な方法が、米国が軍事介入するかどうかの判断に、大きく影響しているとか。
フセインはヒトラーとだぶったため、第2次大戦の栄光よ再び的に即攻撃が決断され、それに対して北朝鮮はといえば、鬱蒼とした地勢や底のはかり難いアジア的なものが、ベトナムの悪夢を思い起こさせるため、強行的な介入に踏切れず弱腰路線ということらしい。なんだか、頭を抱えさせられてしまうんだけど...。

『おのぼり物語』 カラスヤサトシ著 竹書房

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実体験を自虐的なギャグで綴った漫画で、人気を集めるカラスヤサトシ。彼が30歳の頃、漫画家で身を立てるべく、上京したときの実話をもとにした作品。
なので、いつものギャグは、やや後退気味。
しかし、通常その自虐のバカバカしさの向こうに、孤独や哀切を滲み出すのに対し、今作は逆に、都会に漂う儚さの向こうに、「もう、笑っちゃうしかないだろ」的な、人の持つ根源のバカバカしさがあぶりだされる。
とかいっても、そんな仰々しいもんじゃ決して無いです。
笑ううちに、ジワーッっと来て、そのペーソスの中で、くすぐられて....笑って泣けます。

『シェイクスピア物語』上巻下巻 チャールズ・ラム,メアリー・ラム著 安藤 貞雄訳 岩波文庫

ラム姉弟が、少年少女向にと、シェイクスピアの戯曲を物語へと改作したもの。
「じゃじゃ馬ならし」「お気に召すまま」など10篇の喜劇、四大悲劇を含む6編の悲劇、さらに「テンペスト」などのファンタジー的なロマンス4編の計20編がおさめられてます。
少年少女向けといったって、200年以上にわたって読み継がれてきただけあって、大人が読んでも面白いし、何しろ似た筋立てで(男装のお姫様とか、しょっちゅう登場するでしょ)こんがらがっちゃうシェイクスピアが、よーく整理できる。
よくある「5分で世界文学がわかる」みたいなダイジェスト本じゃないけど、気軽にシェイクスピア戯曲のほぼ全貌がわかってしかも断然面白い。だって本物の文学作品だからね。

『闇をひらく光―19世紀における照明の歴史』 ヴォルフガング・シヴェルブシュ 著 小川 さくえ 訳 法政大学出版局

蝋燭からガス燈そして電気へと19世紀に飛躍的に変容した照明の歴史が、街灯、家、劇場など様々な場面において詳細に検証されている。
街から闇を一掃すべく街灯は、すなわち支配管理の象徴であり、そのため庶民たちの反抗の証として、フランス革命時には、貴族たちを縛り首にするロープを引っ掛けるのに使われたとか、個々の蝋燭が、中央から供給されるガスや電気の線でつなげられた端末へと代わる様子は、資本主義による管理化とパラレルであったとか、さすがシヴェルブシュ、含蓄に富んでます。

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2008年11月 5日 (水)

読んだもののなかから<10月>

『よんでますよ、アザゼルさん。(2)』 久保保久著 講談社イブニングKC

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前回に比べ、ややインパクトが落ちたような...というのも、アザゼルさん等悪魔たちが、ワキに回って、助手のさくまさんにフォーカスされてるため。もち、さくまさんの、ズッコケも、豹変キャラもなかなかなんすが、やっぱ悪魔たちによるあのセクハラ満載の強烈魔術が炸裂しないのはちょっと寂しい。
ただ、今回、“REAL TOKYO”に第1巻の推薦コメント寄稿した際に、お礼のメールをいただいた編集担当の笹岡さんが、かなり素敵なキャラで漫画になって登場してるのが、ウケまくりです。

『海街diary 2 -真昼の月-』 吉田秋生著 小学館flowersコミックス

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こちらも、待ちに待ってた第2巻です。山形からやってきた異母妹のすずちゃんを取り巻く、サッカークラブの友人たちの話を中心に、姉や疎遠な母との確執なんかが描かれてる。1巻の別居していた父の訃報、奔放次女の年の差恋愛話に比べて、日常的な落ち着きながらも切実な感じ。
そして、『ラヴァーズ・キス』のキャラたちも、徐々に絡み始めるなど、やっぱ、鎌倉という舞台が同じというだけでなく、ストーリー的にもつながってたのね♪。というわけで、吉田秋生ファンには、ますます今後の展開が見逃せなくなります。

『海街diary すずちゃんの鎌倉さんぽ』 吉田秋生監修 小学館

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上記と同時に発売された、いわばサブテキスト。
すずちゃんが、「海街」と「ラヴァーズ・キス」の舞台となってる鎌倉を案内してくれる、映画で言えばロケ地めぐり?
名所やショップも紹介されてて、あまり鎌倉になじみのない人には、観光案内にもなりそう。かつてウインドサーフィンやりに毎週通ってた私には、「あの路地の先に、四姉妹の家があるんだ!」的に楽しめます。
鎌倉の猫たちもカワイイ!!

『存在の耐えられない軽さ』 ミラン・クンデラ 著 西永良成 訳 河出書房新社

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池澤夏樹個人編集になる、世界文学全集の中の一巻、カウフマン監督で映画(スヴェン・ニクヴィストのカメラが秀逸でしたね)にもなった有名な名作新訳本。
これ、“新訳”というとこが、とっても貴重!!なぜかというと、1984年に発表された本作は、完璧を期す著者クンデラによって、度々大幅な変更が加えられている。なもんで、2007年時点の最新テクストを底本としてるこの翻訳は、“生き物”としての本作の現在を知ることができるありがた~いものなんです。
日本で最初に出た89年の千野先生のももちろん名訳ですが、そういう意味で本書と読み比べるのも楽しい!
でね、ほんと古くないどころではなく、とっても現在形の作品であることにあらためて驚かされるというわけです。
訳者の西永さんも巻末の解説で、本作のモチーフであるキッチュに触れて、「多数派を形成しようとするどんな政党、政治・社会運動も必然的にキッチュ的性格(通俗的な感傷性と複雑な事柄の単純化の傾向)を免れない」と言ってる。
つまり、多数の同調を得るためには、物事を単純化して、単純な言葉、イメージ、所作を動員するということ。って、麻生の政策そのものじゃん。

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2008年10月 3日 (金)

読んだもののなかから<9月>

『ディスポジション:配置としての世界』柳澤田実/編 現代企画室

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ニヒリズムに陥ることなく、近代主観性を脱し関係性と相対認識の可能性を拓こうという試み。そのキー概念が、ディスポジション(disposition)=配置、布置、力、条件、性向、傾向性、態勢……。
「ディスポジションという語は、特定の学問領域における中心的概念として機能してきたものではなく、むしろ英語においても仏語においても日常的に用いられる言葉。しかし、それと同時にディスポジションは、さまざまな領域のテキストにおいて、まさに領域横断的に見出され、ある共通の展望を拓いてもいる。その展望とは、いわゆる近代的世界観とは別の可能性の提示にほかならない。本書は、この概念であると同時にひとつの実践とも言えるディスポジションを巡って、哲学、生態心理学、美術、建築、工学、など複数の領域の専門家たちが思索し、討議を行った記録である。」(本書前書きより)

ギブソンのレイアウト(layout)、フーコーの装置(dispositif)、ドゥルーズの配置(agencement/arrangement)といった諸概念が縦横無尽で、すごく刺激的っすが、まだまだあまりに予告編すぎて、その先が知りたいです。

『崇高の美学』 桑島秀樹/著 講談社選書メチエ

カントからヒロシマまで 人間を考え直す強靭な思考。

様式的な「美」の概念と違い、「崇高(サブライム)」は、恐怖や圧倒、死やときにはグロテスクなどをも包含し、対峙するものの存在を根底からゆすぶるような体験とでもいえるでしょうか。

その「崇高」の考察史を、アルプスなどの自然の驚異から、エドモンド・バーク、カント、そしてリオタールによる、バーク再読へと辿り直し、ヒロシマや9・11に連なるアメリカのテクノロジー・サブライムを省察。現代を切る、切っ先としての「崇高」。

昨今の金融破たんも、アメリカ流の「崇高」感に思えてくる。

『世界のM42マウントレンズ』 写真工業出版社

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最近仕事なんかでは、どうしてもデジタルを使うことが増えてしまったけど、でも、いまのレンズって、優等生過ぎて失敗は無いけれど面白味もないんだよなぁ。

で、M42マウントレンズというのは、1950年代に日本や東西ドイツやソ連など国内外の多くのカメラ、レンズメーカーが、こぞって制作した統一規格のレンズ。当時、これらの国のカメラメーカーでは、統一のマウント(カメラ本体とレンズの接合部のこと)のカメラをつくってた。それが、M42マウント。なので、例えば、ペンタックスのカメラに、カール・ツァイスのレンズを装着するなんてことが、いとも簡単にできた。つまり、世界中が交換レンズの宝庫だったわけです。
今では、レンズ設計って、コンピューターでちゃちゃって計算、最新硝材をロボットが削りだしたりしてるので、同グレードのレンズであれば、およそどこのものでも同じように綺麗にクッキリカッキリ写る。だけど、その頃は、大学を主席で出たような光学や物理の博士たちが、計算尺で何日も計算して設計し、レンズ構成もまちまち、職人が手で磨いてたので、写真を見るとどのメーカーの何レンズかわかっちゃうぐらい、レンズのキャラ立ちがはっきりしてる。だからねぇ、ほんと面白いんです。

世界中でつくられてたもんだから、いまだに、中古市場には豊富に出回ってて、しかもレアモノとかを別にすれば、比較的安価に入手可能。私も、数年前からこつこつ集めて、手元に10本程度あります。もちろん、当時のM42採用のカメラ本体をそのまま使って撮影できますが、アダプターを使えば、最新のデジタル・カメラにもメーカーによっては取り付け可能とあって、やはり同好の士が多いのか、こんなMOOK本が最近になって出版されちゃったんですね(そうした影響か、中古市場で多少値上がり傾向)。

主だった70本を実例写真とともに紹介してくれちゃってるので、もう物欲が掻き立てられること。でもぉ、ここんとこ、いろんな意味で余裕が無いもんで、新たにM42レンズを手に入れて、お散歩写真撮りに行くとこ、ただただ夢想(妄想?)するだけです。

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2008年9月 2日 (火)

読んだもののなかから<8月>

『レイコちゃんと蒲鉾工場』北野勇作著 光文社文庫

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夕焼けに映える、懐かしき終末観。
ここに登場する怪しきネリモノである“蒲鉾”とは、どうやら終末兵器のメタファーのよう。工場の特殊班に配属される新米社員が、暴走する蒲鉾たちと悪戦苦闘する。赤いスカートにおかっぱ頭のおしゃまさん、レイコちゃんが誘い込む迷路のような裏町。
レトロでシュールでいびつでデイアフターな、そして軽い目眩と滑稽と。

『文学人類学への招待 -生の構造を求めて-』大熊昭信著 NHKブックス

97年に出た本、必要があって読み返しましたが、今もって刺激的。民俗学、文化人類学、知識社会学などなどの見識から編み出した独自の三極構造で物語を読み解く試み。さらに、言語を異化する、中性的、両性具有的な生に、可能性を求める。私のリテラシーの道標のひとつ。

『夢小説・闇への逃走  他一篇』シュニッツラー著/池内紀,武村 知子訳 岩波文庫

キューブリックの「アイズ・ワイド・シャット」の原作となった『夢小説』。映画では、舞台が現代に移され、麻薬やセックスや危うい描写オンパレードだったけど、こちらの原作は世紀末のウィーン派だけあって、官能を湛えながらも繊細な憂いがえも言われぬ芳香を放つ。『闇への逃走』は、医者でもありフロイトと同時代のオーストリアを生きたシュニッツラーならでは、妄想と狂気と強迫観念が主人公。

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2008年8月 8日 (金)

読んだもののなかから<7月>

『フォト・リテラシー』今橋映子著 中公新書

アンリ・カルティエ=ブレッソンの代名詞ともなっている「決定的瞬間」って、実は彼の写真集の英語版が出された際に勝手に付けられたタイトルだったんだね。それをそのまま、日本語にしちゃったために、以来、写真(とくに報道)は、真実の瞬間を切り取り伝えるものと受け止められてきた。写真だけが、なぜかきわめて高い客観的な再表象性を有するかのように。でももちろん、そんなはずは無く、当のカルティエ=ブレッソンの写真でさえ、トリミングや暗室での操作がされていたんだ。我々が日々受け取る報道は、とかく中立な立場を装いがちだけど、必ず選択/編集/加工されているということを、あらためて肝に銘じたい。

『アルプス登攀記』上下巻 ウィンパー著/浦松佐美太郎訳 岩波文庫

なんだか、夏休みの課題図書みたいっすが。ずっと読みたかったんです。「著名人が選ぶ好きな岩波文庫」みたいなので、必ず上位に挙がる本書。でも、いっつも売り切れてて、が、今回ちょうど再版になったところを書店にて捕獲いたしました。で、山岳文学の古典名著の誉れ高いだけあって、面白いんですが、マッターホルン征服までの苦闘がやたら長くいくせに、本命登攀がちょっとあっけなさ過ぎません?思わぬ悲劇もあったりするんだけど...。でも、その長~い前置きにも、鉄道の話やら地形の話やら、ウンチクに富んでて、飽きることなく、上下イッキ読みでした。
 

『ブランコ』 1巻2巻 ウィスット・ポンニミット著  IKKI COMIX(小学館)

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他人の痛みがわかるどころか、そのまま身代わりに引き受けてしまうという、ふしぎな力をもつ少女、ブランコ。優しくて強くて、とても切なくて愛おしくて....。読ませたい奴等がいっぱいです、他人に“痛み”ばかりを押し付けて、自身はぬくぬくといい気になって、弱者の痛みなんか一切わかりもしない元総理とか。

『海獣の子供』1巻2巻 五十嵐大介 IKKI COMIX(小学館)

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以前同じ作家の『魔女』を読んで、その独特の世界観に魅せられて、買い置いていたのに、積読状態になってしまってたところ、たまたま友達からのオススメもあってあわてて読みました。やっぱその不思議な世界観が、さらに壮大になってて、だけど少しも荒唐無稽ではなくグイグイと読む者を引っ張ってく。自然が密かに研いでいる、鋭利な恐ろしさ。特別な力を秘めた少年、少女の冒険譚。で、実はついこの間、3巻が発売になった。はやく読まねば。 ちなみに、前述『ブランコ』も同じ友達に教えていただきました、ありがとう。

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2008年7月 4日 (金)

読んだもののなかから<6月>

『東の国から― 新しい日本における幻想と研究 ―』上巻下巻 ラフカディオ・ヘルン著/平井 呈一訳 岩波文庫

ひとつ前の記事のKAZARI展でも書いたけど、明治期にそれまでの日本の美的感覚とか美意識って、少なくとも表面的には大きく変わってしまったんだよね。

「雪女」なんかの怪談で小泉八雲としても有名なハーンが、来日まもなくして明治期の日本を綴った本書にも、

「和服ぜんたい(中略)・・・封建時代に比べると、ずっと色の調子が地味になってきている。(中略)・・・むかしの、目のさめるような、すばらしい衣裳は、ふつうの大衆生活からは、いまはもう、すっかりすがたをけしてしまっている。こんにち、それを見ることができるのは、わずかに芝居のなかか、さもなければ、「過去」をそのままに保存している日本の時代劇の、あの夢のような美しい幻想を描いた、かずかずのふしぎな繪本よりほかにない」

とある。

ほかにも、この時期失われてしまったものが、いっぱいあるんだよな。
まあ、いまでも日々、様々な日本がなくなってくけど。

『ポスト消費社会のゆくえ』辻井喬、上野千鶴子著 文春新書

西武百貨店に始まって、やがて当時の流通産業や広告や文化をリードしたセゾングループ。いまや、百貨店もファミリーマートもパルコも西友も、グループの中核だった企業はみんな身売りされたり他社の傘下になったりで散り散り。「セゾン」を留めるのは、カードと文化財団ぐらいになってしまったね。

その栄枯盛衰の様子と原因(敗因?)を、時代背景とともに回想してるんだけど、上野先生がまぁよくもズケズケと思うほど、あけすけにつっこんじゃうもんで、穿り出される方も、外在的に辻井喬であろうという当初の目論みがはずれて、思わず「堤清二」丸出しにされちゃう(ちょっと確信犯にも思える節があるけど)。

高校生の頃、通学路の渋谷、毎日のように帰りがけに寄った渋谷西武B館B1。輸入版屋、アンティークやエスニックの店、そして詩の専門書店...。普通の百貨店には絶対無いまるで宝の島。金子國吉展や合田佐和子展、デュシャンなんかに胸ときめかせたり、土方、唐、寺山そして、タデウシュ・カントールやピーター・ブルックに釘付けになったのもみんな西武/セゾンだった。

後年、思いもよらず仕事でセゾングループの文化戦略にかかわり、あげくその終局まで付き合ってしまったゆえに、感慨深いというかなんというか、複雑な思いで読ませてもらいました。

『ラッキー~AreyouLUCKY?~』村上かつら著 小学館(ビッグコミックオリジナル)

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犬型ロボットのラッキーと少年祐太の物語。

偶然押し入れの奥で見つけたラッキーは、実は、祐太が生まれる以前に母親が飼っていた犬ロボ。飼い主に似る機能のため、今は亡き母の思い出が蓄えられてて、だから祐太にとっては手放すことのできない、かけがえの無い家族になる。
でも、旧型のラッキー、やがて寿命が...。

目の部分のディスプレーに、5文字だけ意思表示のできるラッキー。でも、「ありがとう」とか「まかせて!」とか、この5文字がとっても響く。5文字しか伝えられないからこそ、一言一言に思いや温かさが詰まってる。

成長と離別と旅立ちと...少年の日の一ページにウルッとしたりジワッとさせられたりします。

『オトノハコ』 岩岡ヒサエ著 講談社(KCデラックス)

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高校の廃部寸前の合唱部へ入部した新入生のお話、っていうと、なんかよくありそうなモチーフだけど、しかしです、画を含めて語り口というかそのムードがいいんだよ。

主人公のきみちゃんのホノボノ感、林部長のキビシいんだか、ユルイんだかわからんフシギ感とか、そこはかとな~い世界に包まれるしあわせ!!

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2008年6月 3日 (火)

読んだものの中から<5月>

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『巨匠とマルガリータ』 ブルガーコフ著 水野忠夫訳 河出書房新社

池澤夏樹=個人編集<世界文学全集>の4月に出た第5回配本です。
ステージ化や映像化もされている、モスクワを舞台とした奇想天外な物語。

で、読んでたらこの1節が!!
「その顔は主教さまってがらじゃないな、アザゼッロ」

アザッゼロ!?

この作品、腐敗したモスクを跳梁跋扈する悪魔たちの話なワケで、アザッゼロもその手下の悪魔。
ん、んっ!!ってことは、こいつは、あの<アザゼルさん>じゃないですか!!

先月読んで、感想書いて、REAL TOKYOにもコメント寄稿した『よんでますよ、アザゼルさん』と同一な悪魔ってこってす。
アザゼルは、諸説あるんですが、ルシファーだとか、堕天使だとか、でもどちらにしても、偶然とはいえ気になってる読者のとこへ、続けて現れるなんざ、さすが悪魔だねぇ。

でもね、こっちのアザゼッロの風貌は、それらしく醜悪に描かれてるんだけど、どうしてもあのアザゼルさんのカワイイ2頭身を思い浮かべちゃうんだよ。

『カジノ資本主義』 スーザン・ストレンジ著 小林襄治訳 岩波現代文庫

ここのところの原油や穀物の高騰騒ぎで、批評家やコメンテーターなんかがメディアで、経済のギャンブル(=カジノ)化のことを、あたかも自説ように語ってるのをよく目にする。
けど実は、イギリスの国際政治経済学者スーザン・ストレンジ(1998年に75歳で死亡、惜しまれます)が、1986年に出版された本書の中で、最初に指摘したことなんだ。これは、その文庫化されたもの。

国際的な銀行や投資機関といった、世界金融の中枢が賭博場と化し、かつての銀行員のイメージとは程遠い、ジーンズを穿いたディーラーたちが、まるでサイコロを振るように金融ゲームが営まれ、その賽の目によって、「新卒者から年金需給者まですべての人々の生活に、突然で予期できない、しかも避けられない影響を与えてしまう。」様子から始まる本書は、とても20年以上前に書かれたとは思えない慧眼の書。

だが現実は、ストレンジが見通し警告したよりも、はるかに加速度的にその先に進んでいるかもしれない。

1988年に出た最初の邦訳を読んだときには、なるほどと思いながらも、まだどこか人ごとのような気もしていた。しかし今読み直してみると、グローバルという美名に隠れた様々な思惑によって規制緩和や開放が強行され、日本も彼女が言っていた過酷な賭博場への全面参加を強いられている現状に思い知らされる。

例えば、大資本家たちに支配されたアメリカの手先となった小泉=竹中による、郵政民営化つまり郵貯と簡保のグローバル金融市場への開放は、その大資本家たちにさらなる莫大な掛け金をもたらした。日本のじいちゃんばあちゃんなんかの庶民たちが細々と貯めてきたお金が、カジノと化した金融市場で先物投資に注ぎ込まれ、それが原油や穀物のとんでもない高騰を引き起こし、めぐりめぐって当の庶民の首を絞めている.....
って、ヒドクナイ!?

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『変身ものがたり』 渡辺ペコ著 秋田書店

淡々と飄々と紡がれる異次元のおとぎ話。でも淡々飄々としながらも、表皮をゾワゾワと触るような皮膚感覚を引き起こす。あからさまでないぶん、かえって怖かったり...。
巻末の川上弘美との対談も、「リアル」の在り処を探すようで面白い。
間取りを主役とした『東京膜』でデビューして、まだ若手と思ってたら、すでにペコワールドを構築しつつある。
第二性徴な女子中学生の日常を、やはり飄々と綴った『ラウンダバウト』の第2巻も、つい先日発売され、当分目の離せない作家すね。

『ルート225』 藤野千夜原作 志村貴子漫画 講談社

いつか知らない間に、別世界に入り込んでるって、怖いよね。私も子供の頃、家族とか知り合いがみんな、別人に入れ替わってるっていう夢を、繰り返し見て怖かった覚えがある。
中学生姉弟が、家も街も同じなのに、どこかちょっと違う世界にはまり込んじゃう本作は、でもそんなに恐怖を煽るSFなわけではない。
ゲシュタルトの崩壊ってほど大げさでなくとも、日常ふとした違和を感じるこっとって、よくあるでしょ。書いてた文字が急に意味を失ったり、相手の話がなんだか突然遠いものに思えたり....
たぶん、大人と子供の狭間で、いままで拠って立っていた場所が揺らぐ、そんな違和という世界喪失の物語なんだと思う。まぁ、これはこれで、けっこう怖い経験ですけど。
で、通過儀礼的な決別の結末は、「あの日」を思い出させて、優しく切ないです。

この作品は、原作は新潮文庫からでていて、
中村義洋監督、多部未華子主演で2006年に映画化もされてます。

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2008年5月17日 (土)

RT Picks寄稿

『よんでますよ、アザゼルさん。』 

『変身ものがたり』

のコメントをRearTokyoRT Picksへ

寄稿しました。
http://www.realtokyo.co.jp/bookdisk/

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2008年5月 3日 (土)

読んだものの中から 4月

『象徴系の政治学』 リュシアン・スフェーズ著 田中恒寿訳 文庫クセジュ

著者は、パリ第9大学政治学教授で、国立科学研究所の政治・行政決定研究センター所長。政治を力の大小や駆け引き、利害関係といった機械論からではなく、象徴にかかわるものとして読み解く、有りそうでいて、無かった論旨。

「政治とは、信条と記憶の有効性の問題」であると言う。
例えば、「革新の象徴作用は、戦略的に失敗したとしても、その持続的な書き込みはいっそう強くて長いものにさえなる」
ということは、失敗は象徴作用を害するどころか勢いづかせもし、つまり、ユートピア的な実現しないことこそが夢の未来や幻想を生んでしまうんだね。

これは、まさしく小泉の「痛みと革新」が、こうした政治的象徴であったことに他ならない。だからこそ、民営化による郵貯の開放と言う売国奴政策や、後期高齢者医療制度とかいう最低な制度を準備した、その張本人たる小泉に、いまだ待望論が燻るということか。あーぁ.....。

『フロイト全集8(機知-その無意識との関係)』 中岡成文/太寿堂真/多賀健太郎訳 岩波書店

予約購読しているフロイト全集の第7回配本。数カ月おきに出ていて、全23巻だから、まだまだ先は長いね。
この8巻には機知に関する1905年の論文が収められている。

機知が、形式的には言葉の縮約やスペルの置き換え、言い換え等によって成立していることの分析詳述。
夢の機構やいい間違えなどにおいては、それらが無意識によって引起されている。つまり、無意識=言葉、人間は言葉によって構造化されている、というラカン的認識まで、あと一歩の鳥羽口にフロイトはたどり着いていたということ。ラカンの標語、「フロイトへ還れ」が沁みます。

でも、いろんな機知の事例を扱いながら、つい筆が滑って、いやもっと面白い話があるとかって、かき集めた冗談を紹介してくお茶目さや、この機知のいったい何処が面白いのかって、フロイトが解説してくれちゃうなど、機知の内容よりもそっちの方が可笑しかったりもする。

『守銭奴』 モリエール著 鈴木力衛訳 岩波文庫

で、機知といえば、これでしょ。いまだ、上演回数の多い人気の古典戯曲。悪口を正面切らずに裏にこめたり(フロイトは、傾向的機知に分類してる)、会話は成立してるのに、お互い話題(一方は金の話、一方は恋人の話)が違ったり(アンジャッシュのコントの基本形だよね)。モリエールの真骨頂。

鈴木力衛訳の初版は1951年に出てる。今回読んだのは、2006年の59刷ってすごいねぇ。

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『よんでますよ、アザゼルさん1巻』 久保保久 講談社(イブニングKC)

強烈に最高です。お下劣なギャグ満載ですが、憎めないプリチーな悪魔たち。

悪魔使いの私立探偵と、その女性助手と、悪魔たち。悪魔の力で依頼ごとを次々解決、けど、その悪魔の力ってのがセクハラだったり、スカトロだったり....。オススメなんだけど....。

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『羽衣ミシン』 小玉ユキ 小学館(FLOWER COMICS)

ガラッとかわって、ホントにカワイイ。絵が好きだな。鶴の恩返しの翻案みたいな話だけど、ちょっと切なくなります。美羽ちゃん、食パン“はむ”って、まんま小僧みたい。

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2008年4月 4日 (金)

読んだものの中から 3月

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『臨死!!江子田ちゃん』 瀧波ユカリ 講談社
今月は、ちょっとマンガを集中的に。
これ友人に進められてハマッタ。
部屋の中で全裸で暮らす江古田ちゃん、女の子の生態も、丸裸っす。
危なげで、ちょっと怖くて、でもどこか切なく可愛い。

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『君に届け』 椎名軽穂 集英社
なんて純粋で、なんて素直で、スレてないの!?爽子ちゃん。
策を弄する敵役のくるみチャンが、結構かわいそうに見えてきちゃったりするのは、
やっぱり私がスレてるせい。試されてる?
さわやかな、涙が流せます。

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『猫と負け犬』 河井克夫 メディアファクトリー
いやー、こんなユルーい、ドラ○モンいたら欲しい!
30代独身ノブコの部屋に、結婚させることを使命に未来から送り込まれたネコ型ロボット??
ブリキっぽいボディとボール紙の耳が、チャーミング。ノブコとのユルーい暮らしも、いい感じ。

『人類を救う「レンタルの思想」』 松井孝典対談集 ウェッジ
東大教授、自然科学者の松井孝典は、人間はたかだか百年の一生の間、生命に必要な物質を地球から借りているに過ぎない。死ねば分解してまた地球に帰ってゆく、と言う。
つまり、借り物であるという「レンタルの思想」を、我欲による所有に対峙することで、危機に瀕する人類の方向を見定めようとの試み。
岩井克人、鷲田清一、西垣通などなど、各方面の気鋭の知性たちとの刺激的な対談集。

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『空からきた魚』 アーサー・ビナード 集英社文庫
以前から新聞などで、この人の連載コラムを目にして、その語り口に魅了されてました。
大学卒業と同時に来日、以来20年近く日本で暮らし、日本語で詩とエッセイと翻訳と絵本をものする。教えられることがいっぱい、小熊英雄のこととか、菅原克巳のこととかも。

『ヴォイツェク ダントンの死 レンツ』 ビューヒナー著岩淵達治訳 岩波文庫
まさに読んでる最中に、佐藤 信演出「鴎座」で、これを原作とした『ダントンの死について』が上演されてた。都合がつかず行けなかったけど.......。
『ヴォイツェク』といえば、アルバン・ベルクのオペラが有名だけど、私はジョセフ・ナジがダンス作品に翻案したのが、印象に残ってる。
23歳で夭逝した、ドイツの自然科学者にして劇作家。残された作品も僅か。
こんな、ほとんど忘れられてた人を、文庫で読めるなんて、凄いことだと思います。

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2008年3月 4日 (火)

読んだものの中から 2月

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『旅をする裸の眼』 多和田葉子 講談社文庫
言葉の冒険家、多和田葉子がスクリーンの中を越境する。皮膚に直接触れる視覚。その視力こそが裂け目となり、彷徨いだすペルソナ、ロール。“アイデンティティ”などしゃらくせぇ、と思えるぐらい喪失し続けること、異邦人であり続けることに渇きを覚えます。2004年発表の作品の文庫化。

「世界文学は越境する」 池澤夏樹×鴻巣友季子×沼野充義座談会 文學界二月号
池澤が河出書房新社の編集者から、世界文学全集の話を持ちかけられてからの経緯。悪しきものとして葬られた教養主義、そのシンボルとして君臨してきた文学全集を、いま、新たに刊行することの意義とは。
ラインナップを見直して本人が、7割から8割が移動する作家の作品であることに気がついたとか。かつて『路上』と名づけられた作品が、原題の『オン・ザ・ロード』(=生成途上)をいかしたのも、その進行形の移動状態を象徴してのことなんだね。移動、越境、ここにも異邦人への渇きが。

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『楽園への道』 バルガス=リョサ 田村さと子訳 河出書房新社
そんな、池澤編集の世界文学全集第2回配本。まさに、“移動”“越境”そのもの。虐げられた女性と労働者の楽園を夢見て、活動し続けたフローラ・トリスタン。その孫にして、芸術家の始原という楽園を、南の島に求め続けたポール・ゴーギャン。時代が異端者として葬った二人の、「ユートピア」に殉じた物語がパラレルに展開する。

『ネオリベラリズムの精神分析』 樫村愛子 光文社新書
ネオリベが邪魔者として破壊を進める共同性(日本では、米ネオリベの手先の小泉/竹中が、「改革」とかって甘言を弄して破壊したよね。その愚かな行為が、いかに今の日本の低迷に結果してるか、例えば『誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義 』松岡 正剛 (著) などが参考になる。)。しかしその解体が、もっとたちの悪い“共同性”をおびき寄せる。それは、越境の極北。

「現在の伝統主義とは原理主義であり、今日における必然的な病理である。」

中でも、マルチチュードに期待するネグリらの論議に、ニューエイジ的な信仰の「来るべきときに一斉に皆が立ち上がる」というような、楽観論を嗅ぎ取っているのは、慧眼にしてちょっと痛快。結局、みな宗教に逃げ込んでしまうんだな。

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『ラヴァーズ・キス』 吉田秋生  小学館文庫
友人に吉田秋生の最新作『海街diary1/蝉時雨のやむ頃』を勧めたところ、『ラヴァーズ・キス』の伏線になってるかもと指摘され、あらためて読み直し。確かに、鎌倉や登場人物に、なるほどなるほど。(20年間ウインドサーフィンに興じ毎週通ってただけに、私にとっても鎌倉は思い入れがあって.....)そして、ここにも越境の物語があったことに、思わずうなる。
『海街diary』の続編早く出ないかな。

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2008年2月 1日 (金)

読んだものの中から 1月

今年から本のことも記事にしようかななどと思って。で、ひと月読んだ中から、とくに精読したもの、惹かれたものなんかを数冊づつとか。

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『オン・ザ・ロード』ジャック・ケルアック 著/青山 南 訳(河出書房新社)
以前も記事にした、池澤夏樹=個人編集による世界文学全集 全24巻の第1回配本です。
昔、文庫版(福田実訳)で読んだときと、ずいぶん印象が違ってびっくり。あの頃私も20代だったしね、そのスピードとか激しさとか破天荒さとかそんな動の部分ばかりに、目を奪われてしまっていたようで、今回読んでみて、すごくリリカルでヴィジブルで細やかなのに驚かされた。青山南の新訳のせいなのか、自分が歳をとったせいなのか....。
「アメリカのように孤独な、喉が裂けそうな夜のサウンド」、「こわれた蒸気船、古い看板、まさに詩が際限なくつづく」......。
昔読んだときと別の琴線が鳴りっぱなし。でももちろん、ディーンの熱きエネルギーは昔のまんま、「いいね、いいね、」。

『シンボル形式の哲学』(一)カッシーラー著/生松 敬三,木田 元 訳(岩波文庫)
ちょっといま調べていることの必要があって、以前購入して未読のままだったのをひっぱりだして。
広く言えば近代観念論の範疇を抜けてはいないけど、弁証法的な二元論に対して、事物の相対的関係性を提示した才気はすごい。“構造”的な把握も、以降の現代思想の嚆矢。
「存在形式としてよりはむしろ運動形式として、静的な形式ではなく動的な形式として捉えられねばならない」。
でも、これ、言語、神話、宗教、認識の現象学と、大部の約二千ページに及ぶ4分冊、あと三巻、歯ごたえ充分です。

『視覚と近代』大林信治・山中浩司編(名古屋大学出版会)
透視図法に象徴される「視覚」という特権的知覚の下に形成された近代の認識を、望遠鏡や顕微鏡といった器具から見た科学史、美術史、哲学史、政治などの各側面から省察した論文集。
まさに、パースペクティブのパースペクティブ、近代空間概念を俯瞰できて便利、ってみんな、視覚アナロジーでやんの。

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『ソラニン1』『ソラニン2』浅野いにお(小学館)
「淺野いにおっていいよね!?」って最近よく聞きます。そんな、口コミで広まったせいか、映画化も決まったとか。『ひかりのまち』とかに比べて、ストーリー展開とか数段完成されてるしね。私は『おやすみプンプン』の寄る辺なき強迫感も好きですが。
でも『ソラニン』みたいな、ゆるーい切なさを漫画にさせたら、いま淺野いにおじゃないでしょうか。

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