2009年3月 6日 (金)

春琴

『春琴』
―谷崎潤一郎「春琴抄」「陰翳礼讃」より

2009年03月05日(木)~2009年03月16日(月) 
世田谷パブリックシアター

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[演出] サイモン・マクバーニー
[出演] 深津絵里、チョウソンハ/立石凉子/内田淳子、望月康代、麻生花帆、瑞木健太郎/高田恵篤、下馬二五七/本條秀太郎(三味線)

谷崎潤一郎の『春琴抄』をモチーフにしたこの作品、
2008年2月に世田谷パブリックシアターで初演、その後ロンドン公演を経て、このたび凱旋公演。
再演となる今回も、初演の演出をベースした上演とのこと
初日を観ました。

まるで、陰翳の綾に織りなされた美を抽出し、
そのコントラストを結晶化したような舞台!!

その蝋燭の焔に照らされた、かそけき往時を蘇らせる照明、
簡素を持って旨とする侘びのいにしえを
畳と黒子の操る棒で現出させる空間演出

そこへ、大写しの影画のように
琴と佐助の綾が、くっきりと浮かび出る

深津絵里の琴の鬼気迫る癇癪もすごくて、
なにやら魔術にかけられたような2時間でした。

ただ、最終場面、時間が現代へと戻り、
昔日の陰翳の中に見出された美学が失われてしまったことを、
『陰翳礼讃』を引きながら嘆くのは、言わずもがなでやや興醒め
ロンドン公演では、喜ばれたのかもしれないけど.....。

ところで、更新が2ヶ月ぶりになってしまったです。
実は私事ですが、(ってブログはほとんどが私事で埋められてますけど)
ここのところの100年に一度の大経済危機が、ひとごとではなく降りかかり、
食い扶持を失いかけてます。
心身フトコロともに、物見に出かけてる場合ではなくって、
今回の観劇もほんとに久々。
マルクスじゃないけど、
下部構造が上部構造を規定するを地でいっちゃってます。
何とかせねば...

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2008年10月16日 (木)

エリザベス1世~ラスト・ダンス~

リンゼイ・ケンプ・カンパニー
エリザベス1世~ラスト・ダンス~

10月4日〜13日   Bunkamuraシアターコクーン

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ちょっと、がっかりです。13年ぶりの来日に、なんとか都合付けて久々の舞台鑑賞、盛り上がっちゃってたばっかりに....。
あの「フラワーズ」(87年)や「ザ・ビッグ・パレード」(88年)の、目くるめくスペクタクルを勝手に期待してしまっててゴメンなさいって感じす。
いや、決してつまんなかったわけじゃない。サンディ・パウエルの衣裳の艶やかさ!出演者たちの所作や歌の素晴しさ!
でもね、まずそのスケール。予算等の制約からだろうけど、かつてに比べて中規模な作品を持ってきたんだろうなぁ。セットといえば舞台両袖に宮廷の入り口みたいのがしつらえてあるだけ、背景はスクリーンに映る場面場面のシルエットって、あの立体感ある美術の片鱗も無い。
エリザベスの回想の順を追ってくような展開も、衝撃に乏しいし。なんか、全体的にちんまりまとまっちゃった感漂ってましたよ。
なにより、ケンプおじさんの、あのはじけまくったお茶目さが、おとなしくなってしまってて、それが何より残念です。たまたま、今回の作品だから?それとも、、やっぱ年齢?(T0T)

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2008年7月29日 (火)

“家”で何が?

“大人の隠れ家”とか、“一軒家レストラン”とかが、雑誌なんかの見出しに躍る今日この頃ですが、なんだか“家”がダンスにも影響してる?流行ってる?
まぁ、もっとも、劇場やら美術館やら芸術作品が通常納まるべきハコを抜け出さんとする試みは、はるか以前よりあったわけです、ですがそれにしても近頃なぜか“家”?
かつて劇場以外の場所ってぇと、廃墟だとか倉庫だとか廃駅だとか、その場自体が異次元チックなとこがほとんど、で反対に"家"といえば、とことん日常なわけで、それがどう活かされてまたは異化されるのでしょうか?
興味は尽きないであります。
で、そんな"家"にまつわる、最近の報告とお知らせ。

まずは、この前の週末に行われた公演のreport

ダンス企画 おやつテーブルvol.3「秘密の応接間」

7月25日~27日 lucite gallery

折りしも私の行った日は、隅田川の花火の日。最寄り駅の浅草橋には、まだ昼間だというのに三々五々浴衣姿の男女なんかで立込み始めてる。
それを横目に見ながら、柳橋の路地に入るとまるでウソのようにひっそりとしてる。いまはそんな風情はさほど感じられないとはいえ、柳橋といえば、ずいぶんと艶っぽい場所だっただけに、意味もなくドキドキしたりしながら会場に到着。
Lucite001_2 このlucite galleryは、一丸さんという昭和初期の芸者さんが住んでいたお宅をそのままギャラリーにしたところ。期待を裏切らず素敵なたたずまいだなぁ。二階の縁の向こうには、隅田川が見渡せるなんて。

                                   Lucite002_2     
ここは、実際に人が住まっていた家なのに、その“遠い日常”へとつながることで、時間が異化されてゆくみたい。
やがて始まったパフォーマンスは、いつものおやつテーブルらしいゆるゆるとした可笑しみと、昼下がりの秘めゴトめいた妖しさの、綾なす移ろいのひととき。
この特別な“家”のもつ空気を、軽くいなしながらも、巻き込まれてみるといった試みが、功を奏していました。

つづいて、これから行われる公演のinformation

セレノグラフィカプレゼンツ 西陣・世田谷ダンスプロジェクト「短編小説」
「私の語る番ですか?」/シリトリジンギ/この小さな箱

阿比留修一×岩村原太×隅地茉歩×吉福敦子

8月9日(土)15:00、19:30/8月10日(日)15:00  StudioGOO

<今回の公演は、東京(世田谷)、京都(西陣)ともに、「家」で行います。人が住まう場所なので、人の気配に敏感です。
 「家」の中の劇場は、踊っている人や見ている人の変化の微細を、そのままに映し出して空気を形造っていきます。
 身じろぎするように。そこに居合わせることは、それ自体ダンスの一部です。>

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セレノグラフィカが拠点にしている西陣の元ネクタイ工場、こちらはすでに6月に公演が終わり好評だったとか。
で来週の8月9日~10日に、世田谷のStudioGOOで、東京篇があります。
StudioGOOは、吉福さんが拠点にしている住宅街の中にある隠れ家的なダンススペース。
何回か私も別の催しでお邪魔したことがありますが、まるでどなたか親しい人のお宅に招かれたような、ほっとする空間。

そこらの情報誌オススメの店とかもいいけど、こんな“隠れ家”で週末をすごしてみるのも、けっこう大人の粋なんじゃないかと、ちょっとそそられる企画です。

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2008年7月21日 (月)

アール・ブリュット (impression)

アール・ブリュット/交差する魂

終了  松下電工汐留ミュージアム

こちらも、ある意味、ゾワゾワしっぱなし。

いえ、ある意味というより、“意味”そのものが崩壊してゆくような目眩に。

どの作品も、見つめていると、さらわれそうな気がして、ミクロに圧倒され、朴訥さに立ちすくみ、迷宮に言葉を失います。

“ネック・チャンドの王国”に、いつか彷徨う日を夢見て。ってそれ、悪夢か?

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2008年7月15日 (火)

エミリー・ウングワレー (impression)

エミリー・ウングワレー展

7月28日まで 国立新美術館

Emily (画像は公式HPから転載)

もうずっと鳥肌。だって、すべて“そのようにある”としか言いようが無い。
もしかしたら、私の遠い祖先がアボリジニだったりして...などと夢想もしてしまった。

その、色鮮やかな点々の集合は、モナド?からまる線は、リゾーム?それとも、粒子でもあり、波動でもある“光”?。

プリミティブとか、スピリチュアルとか括ってしまうのは、なにか冒涜のようでもあり、モダンやコンテンポラリーとかアブストラクトだとかって、ボーダーさえ無化してしまう。

旅であり、暮らしであり、大地であって、空でもある、はるか何万年の“かつて”であり、“いま”でもある宇宙、世界という何か=ムーネ(あらゆるもの)がそこに現前している。

キュートなハリモグラくんもいるよ。

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2008年7月 7日 (月)

WORLD BEAT2008 (impression)

WORLD BEAT2008

7月6日 日比谷野外大音楽堂

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渋さ知らズオーケストラ
THINK OF ONE with CAMPING SHAABI
BALKAN BEAT BOX

ごった煮の煮え煮え!!でハジケまくったよ!!

昨日から急に真夏になってしまったようなウダル東京のど真ん中、カンカン照りではなかったものの湿気をはらんでソヨとの風も無く、日比谷野音は煮えくり返ったような暑さ。
そこへ、渋さ知らズ、BALKAN BEAT BOX、THINK OF ONEという、もうモンスーンな亜熱帯な熱波な奴等が襲来。

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渋さは、いまさら説明不要、問答無用な奇想天外音楽集団すが、開演時間前よりすでに客席にブラスが繰り出し、なだれ込み、もちろんダンサーズも、巨大風船も登場で、会場はイッキにレッドゾーン。

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THINK OF ONEは、もともとベルギーのプログレなんだけど、リーダーがキャンピングカーを仕立てて世界中を旅し、各地でであった民族系ミュージシャンとコラボで音を創り出すという異種格闘技系。今回は、モロッコ伝統音楽家4人を巻き込んでの奇天烈サウンド炸裂。

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BALKAN BEATも、いまや並ぶべきもの無い怪しさで注目のユニット、初来日ってのが信じられないぐらいアチコチで“名声”??。NY在住のイスラエル人てぇことだけど、モヒカンちゃんはじめ、風貌も音もパフォーマンスもすこぶる怪しい。煽ってノセルことにかけても適う者なし!!

で、それぞれがチンドン、ジプシー、クレズマー、アラブ、ユダヤ、ラテン、ジャズなどなど(切りが無いです)、ごった煮しまくりで、ブラスやパーカッションやエレクトロが、(リズムも曲者系+変態系)ウネリまくるもんだから、思わずトランスしちゃうでそ。
ごった煮に共通の、ペンタトニックな旋律がまた、トランスを煽ること。

しかし、サミット戒厳令下の東京に、よくもまぁ、これだけ世界中の奇怪しな人たちが集まれたってのも奇跡!?(職質なんかされなかっただろうか?)

なんせ、体が勝手に動いちゃうし、野外の暑さに音の熱さでビールがガブガブすすむし、ごった煮+煮え煮えで、久々オドリまくってしまったよ。

で、興奮冷めやらず、やっぱ今日はエスニックしかないよな、ってことで、タイ料理へ。この店、まるで現地の店さながらって口コミですが、クーラーがまったく効いてない!とこが本場感を演出!?すきっ腹に辛いタイメシとビール、クーラーなしのムシ風呂態勢で、さらに煮えまくってしまいました。

(画像はすべて公式HPから転載)

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2008年6月27日 (金)

KAZARI (impression)

KAZARI ―日本美の情熱―

7月13日まで サントリー美術館

Maintitle (画像はHPから転載)

「和風」とか日本美っていうと、「わび」「さび」な質素で禁欲的な世界観を思いがち。でも、それって、明治以降にできあがった思い込みなんだよね。江戸時代には、もっと派手で奇抜な色や柄なんかの美を楽しんでた。いまとなっては、歌舞伎の衣裳や舞台美術なんかの非日常世界だけに名残があるけど。

で、なんでそうした禁欲的なものばかりに偏重されちゃったかというと、明治以降、西洋文化への対抗として、重々しいものの方が、価値があるように思えたとか、戦時体制で武士道とか禁欲的なものの方が政策上便利だったとか色々あるけど、決定的なのは、ブルーノ・タウトなんじゃないかな。

ドイツの建築家で、ナチスの惨禍を逃れて昭和初期に日本に来ていたブルーノ・タウトは、桂離宮にやけにご執心で、「泣きたくなるほど美しい」とベタ褒め。
が、その一方で、日光東照宮なんて、金ぴかで安っぽくてイカモノと、しきりにくさしたもんだから、今も昔も舶来のご意見に滅法弱い日本人のこと、桂離宮的なシンプルさばかりを日本美の真髄としてありがたがり、東照宮的なスプレンダーなものには見向きもしなくなっちゃったんだと思う。

けどです、禁欲美を弥生的とすると、縄文的な情動とか躍動美も、実は、日本人の奥底には流れてるんだよ、ずっと。
今展は、その縄文から打ち続く装飾の系譜を扱ってるんだけど、
その大胆で奇抜で派手な品々を眺めてると、どっか別の日本人が自分の中に目覚めるかも。

ここんとこ、更新が滞ってて済みません。忙しいやらなんやらあるんですが、極めつけは膝の関節炎になっちまって。
医者にもあんまり歩くなって言われちゃうし、観にいきたい美術展もいっぱいあるんだけど、はやく足痛いの治んないかな。

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2008年6月 5日 (木)

JUNO (impression)

JUNO  2007/アメリカ作品

6月14日よりロードショー

Img6051209560001 (画像はチラシからSCAN)

本年度アカデミー最優秀脚本賞に輝くJUNO!!お先に試写で、観させていただきました。

エレン・ペイジ(主演女優賞にノミネート)かわいい!!クール!!

実は先月、宣伝のために彼女が来日した際、仕事の関係で会見に馳せ参じるはずだったのに、別の優先仕事が入ってしまい、涙を呑んであきらめたです。
後日担当者に、「エレン・ペイジに会いたかったなぁ」というと、「生で見ると、映画よりもっと幼くて中学生みたい(実際は現在21歳)ですよ。もしかして、そういうの好みなんすか?」と、あらぬ嫌疑をかけられそうに...。
でもね、今回の撮影に当たって、彼女がモルディ・ピーチズをサントラに起用するように監督に進言し、ピーチズのメンバーのキミヤ・ドーソンが音楽を担当することになり、なんとサントラは全米1位になっちゃったっとかって聞くと、ヤルナー!!会って見たいって思うでしょ!?

映画の中でも、イギー・ポップやパティ・スミス70年代パンク大好きなJUNOが、90年代ロック好きの大人に向かって「ソニックユースなんて、ガキの音だ」なんてことのたまうんすが、もう心の中で大喝采。
エレン・ペイジのセンスと思わずダブっちゃったよ。

で、とにかく劇中JUNOの吐くシニカルなジョークとかスラングが、もう笑っちゃうほど決まっててクール。これ、英語の台本見てみたーい!!

とにかく、お父さんは優しいし、お母さん(後妻で、JUNOにとっては継母なんだけど)は、オトコマエ!!

けど、全米公開時、当初たった7館(全米でだよ)で始まったのが、結局2500館にまで拡大し、数億ドルを稼ぎ出す大ヒット、こんな全編ハートフルなのが予想外に受けるって、アメリカも逆に相当病んでるのかもね。

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2008年5月30日 (金)

ターナー賞の歩み展 (impression)

英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展

7月13日まで 森美術館

そのほとんどが、これまで様々なメディアを介して(時には実物でも)、目にしたことのあるものばかり。
だから何だか、観たような気になっていたんだけど...。でも、その一同に会した実物に取囲まれてみると、“ホンモノ”の発する迫力にただただ圧倒されます。
既視感だったり、再会の懐かしさのようなものもあったりはするんだけど、それ以上に、知ってたつもりになってた感が、覆される驚き!!
現代美術って、例えばポップアートの複製戦術にみるように、美術品の持っているアウラへの批判なども含んでいるはずだけど、やっぱこれだけそうそうたるのが並んでると、すごいですアウラ!
アントニー・ゴームリーのノッペラボウの人体彫刻の前では、“在ること”に沈思させられ立ち去り難く、クリス・オフィリの作品(実物ってこんなにでかかったんだ)には、差別や暴力やコロニーなんかに思い致し、でもでも、今回の目玉はなんと言ってもデミアン・ハーストの縦割りされた牛の母子でしょうか(運んでくるのに、通常の美術品とは違って、検疫やらなんやらで((そりゃそうだ、ホントの牛の屍骸だもの))大変だったらしいです)。
母牛の思いがけぬ睫毛の長さにドキリと.....言葉を喪失し、立ちすくんでしまいました。

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2008年5月18日 (日)

Design Festa vol.27

Design Festa vol.27

5月17日~18日  東京ビッグサイト

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60,000人が集結! アジア最大級アートイベント! [ デザイン・フェスタ ]

審査なし、ブースの出展料なり、ステージの出演料を出せば誰でも参加できます。
よって、会場は、ほとんど坩堝。えぇ!これがアート!!??ってのから、おおぉ、やるなーっ!!ってのまで。

    Df08b         Df08bb

自信作の展示から、即売、

    Df08c こんなのや    Df08d こいつなんかも

さらに、ミニ・シアターやショーから

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ライブまで。         Df08f

ビッグサイトの西館全体が、もう、ほとんど巨大なフリマ+文化祭と化して、楽しく遊んできました。

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2008年5月14日 (水)

パーク アンド ラブホテル (impression)

パーク アンド ラブホテル 2007年/日本

上映中(終了日未定)  ユーロスペース

Parkand (画像はサイトから転載)

監督:熊坂出
出演:りりィ、梶原ひかり、ちはる、神農幸、津田寛治、光石研

りりィがいいなぁ。人間の顔してる。
宣伝見た感じで、かなりほのぼのした映画かと思ってたけど、もっと地味~で(すごく、ゆっくりした展開なので、途中眠たくなったり)、でもあとからジンヮ~っとする。というか、いい年齢して独り身の私にとって、来し方行く末を考えさせられ、かなり身につまされました。
りりィは、けっして台詞回しも演技も上手いわけではないんだけど、「人間なら早く帰りましょう」という劇中の台詞が暗示するように、「人間」というものに相対してる感がにじみ出てる。
手持ちのカメラワークが多いのが、わざとらしくなく(低予算を逆手にとってるかな?)、かえって登場人物の心情にフィットしてるようで好印象。

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2008年5月12日 (月)

ダンスインプロ (impression)

International Improvisation Performance in Tokyo

5月11日  Super Deluxe

出演: マイケル・シューマッハ、ノアム・カルメリ、野口雅子、鹿島聖子、勝部ちこ、木村英一、三枝はな、ヤスキチ
音楽: ノブナガケン、maki999 (HB)

ダンスインプロビゼーション界で世界的に活躍しているマイケル・シューマッハ(F1パイロットとは別人)。彼のプロジェクトC.I.co.インプロビゼーション計画2008『国際ダンスインプロパフォーマンス日本編』最後のイベントです。イスラエルの野性味溢れるコンタクト・インプロバイザー、ノアム・カルメリのほか、世界を舞台に活動して来た野口雅子、日本のコンタ クトインプロ界のリーダー的存在勝部ちこ、さらに強力ダンサー陣が参戦しての即興ライヴが繰り広げられました。

今回参加されてる三枝はなさんからご案内をいただき、行ってきました。今日は、昼からの仕事が長引いて、やきもきしましたが、なんとか開演に間に合いまずはホッ。ワンドリンクつきだったので、カウンターに飲み物をもらいに行くと、背後でシャリンシャリンと音がする。何の音?っと振り返ると、そこには女性。あんまりじろじろ見ると失礼と思いながらも、音の源を探ると、足首に巻きつけた鈴のようなものが。あっそうか、きっとパフォーマーの人なんだろうな、などと一人で納得....。

そうこうする内、第一部が始まり、また背後からジャリンシャリンの音。証明の落ちた中、その姿を追うと、フロアに置かれたドラムセットにおさまる。実は、ダンサーではなく、今日の音楽を担当する、maki999さんだったんですね。でね、1部2部通して、彼女が音を紡ぐのですが、これがいいんですよ。普通のドラムセットなんだが、出てくる音は、まったく不定形な音の塊。

maki999かっこいいっす。ぜひ今度、HBのライブ観たいっす。

で、その音に挑むようなパフォーマンス。ある程度の段取りは決められているんだろうが、基本はインプロ。身体と身体の、いわばチャットの会話がまるで声音を落としたり、激したりするが如く展開してゆく。ときに不全であったり、すれちがったり、ときに滑稽であったり。床の上を泳いだり、仰向けで自転車をこぐように足を掻いたり。そして、コンタクトの波紋が広がって....。

空気をかき回すと言うよりも、束の間を引掻き、こすり、敢えて摩擦を惹き起こす....。
でも欲を言えば、もっと破天荒でもよかったような。皆、手練なゆえにか、かえって、なんか、けっこう行儀良く、収まるとこに収まっちゃった感がしたかな。

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2008年5月 8日 (木)

澁澤龍彦回顧展 (impression)

特別展「生誕80年 澁澤龍彦回顧展 ここちよいサロン」

6月8日まで  神奈川近代文学館

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自宅から程近いところに、この近代文学館があって、折々によく出かけます。
常設でも、漱石や鴎外らの直筆原稿とか貴重な資料が展示されていて、600円の入館料で、けっこう楽しむことが出来るから(あの資料館などに漂う、ちょっと黴臭い古い紙の匂いが好き)。

でもって、今年生誕80年なんすね、澁澤龍彦。確か昨年の今頃も、埼玉の近代美術館でやってた「澁澤龍彦:幻想美術館」展に出かけたんだよな。あの展覧会では、澁澤が好きだったり影響を受けたりした、幻想アートを中心に幻視の系譜を紹介してた。

今回の近代文学館では、人と書物に焦点があてられてる。サブタイトルに「ここちよいサロン」とあるように、彼のサロンに集った人々、そして幼少期に影響された海外文学から彼がものした翻訳や創作などまで、まるで人々をもてなすかのような書物たち。

直筆原稿はもちろん、書簡、最近発見された未完の原稿など、貴重な展示が数多く、あっ、あの時小遣い無くてあきらめた欲しかった本!も多数。
まるで、私自身の時間も巻き戻ったような展示でした。

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2008年4月30日 (水)

マイ・ブルーベリー・ナイツ (impression)

マイ・ブルーベリー・ナイツ(2007)

MY BLUEBERRY NIGHTS
95分 /香港/中国/フランス
監督:ウォン・カーウァイ 
CAST:ノラ・ジョーンズ、ジュード・ロウ 他

「花様年華」「2046」のウォン・カーウァイ監督が、自身初の英語作品に挑んだラブ・ストーリー。これが映画デビューとなるノラ・ジョーンズを主演に迎え、愛に傷ついたヒロインの心の彷徨を優しく見つめる。共演にジュード・ロウ、ナタリー・ポートマン、デヴィッド・ストラザーン、レイチェル・ワイズ。
 ニューヨークのとあるカフェ。失恋したエリザベスは、この店のオーナー、ジェレミーが焼くブルーベリー・パイを食べ少しだけ心癒やされる。それでも、なかなか別れた恋人のことが忘れられない彼女は、ついに宛のない旅に出る。仕事をしながらメンフィス、ラスベガスとアメリカを横断していくエリザベス。彼女はその先々で、それぞれに愛を求め愛に傷つく人々と出会い、彼らと束の間の時間を共有していく中で新たな自分を見いだしていく。(allcinema ONLINE Movie&DVD Databaseより)

カーウァイ自身が「自然でリアルな現代劇」を撮りたかったと語ってる通り、以前のあのケレン味が薄まった感じ。といって、けっして悪いわけでなく、すごく観やすくて気持ちよくて、編集とかもすごく自然な流れ。カーウァイだからって、構えて行くと肩透かしかも。
けど、シネマトグラフィーはカーウァイ節炸裂っすね。ハイスピードの多様や、すごく浅い被写界深度で手前や背景の色を思いっきり滲ませたり、フワフワの映像。で、いつものようにクリストファー・ドイルかと思ってたら、エンディングのクレジットには、ダリウス・コンジとある。どうりで、変な傾いたアングルとか手持ち感とかが皆無で、ショットはすごくナチュラルだった。とはいえ、コンジもマルク・キャロ『デリカテッセン』やフィンチャー『セブン』でカメラを回し、ポランスキーやハネケ等とも仕事してきた曲者だからね。監督とも相性良かったんでしょう。
ノラ・ジョーンズ、歌手としてはすでに大スターだけど、映画はこれがデビュー作。でも初めてなんて感じさせないキュートな演技。でね、ナタリー・ポートマン、ケバいのは役作りなんだろうけど、ええ、なんか、こんなんなっちゃったの!?もちろん、綺麗は綺麗なんですけど、あのレオンの頃の可愛い面影はどこへ??

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2008年4月29日 (火)

クリウィムバアニー「贅沢ラム」 (impression)

第15回ガーディアン・ガーデン演劇フェスティバル
クリウィムバアニー贅沢ラム

4月26日~27日 吉祥寺シアター

思えば、92年の第2回ガーディアン・ガーデン演劇フェスティバルのお知らせで、「珍しいキノコ舞踊団」という何とも気になる名前に魅せられ出かけ、そのキュートな舞台の虜になった。あれ以来だから、キノコとのお付き合いもずいぶんになる。だから、この演劇フェスティバルの審査を通過したダンスカンパニーには、いつも少なからず期待してる。
で、2年のブランクが合って再開された今年の第15回。クリウィムバアニーというカンパニーが選ばれたという。しかも、キノコと同じで、メンバーは女性ばかり。おー、いいかもしんない!?と、これまた期待大で出かけたんすけど....。
うーん、当時のキノコとどうしても比べちゃうと、レベルが....部活の発表会チックというか....。乙女の世界みたいな、表現したい世界観はあるんだけど、そこへと至るだけの技量が足りない。確かに、キノコだって、ローザスやらフォーサイスやらの断片的な真似っこをつなぎ合わせ(良く言えば、ダンスのサンプリング)てただけなんだけど、もっと全然踊れてたよ。
突っ込みドコ満載、でもまぁ、次回に期待ということで。

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2008年4月25日 (金)

グルーポ・コルポ (impression)

グループ・コルポGRUPO CORPO

4月24日~25日  Bunkamuraオーチャードホール

Scan018u (画像はチラシをSCAN)

ラテン系のフォーサイス!!とか言っちゃったら言い過ぎかなぁ?!でも、そんな印象。
黒っぽい衣装や照明、コンポジション(群れとソロの関係とか)なんかが、似てて想起させられるんだけど、それだけじゃなくて......
フォーサイスが鋭角で硬質なのに対し、ホドリゴ・ペデルネイラスの振付は、柔らかく且つパッショネート。脱構築に対してクロスオーバー。と対極なんだけど(じゃっ、ぜんぜん違うじゃん!!って言われそうだが)、なんか匂いが同じなんよ。
カエタノ・ヴェローゾのシルキーボイスをバックのデュオなんて、激しく揺蕩(たゆとう)っちゃう!??、で、エロチック。
アトラクティブなムーブメントもふんだん!!
バレエもモダンもコンテンポラリーもヒップホップもカポエラも、それらが渾然となって、まるでダンスのコングロマリットやぁ~!!思えば、ブラジルって言ったら、ダンスの本場だもんねぇ、そんなことを事も無げに成してしまう、ダンス感が、天性なんだか環境なんだか、その羨むほどの四肢プロモーションとあいまって、備わってるんだな。とにかく、体の生み出すリズムがしなやかにもほどがある。
フォーサイスが頭で創作されてるとすると、グループ・コルポは、血でダンスしてる。多分、理屈でダンスを観る人たち(私の知り合いにも少なからずいます)のレセプターには、反応しないんだろうな。
ところどころ、二昔前のモダンっぽい、洗練に欠けるシークエンスがあったりするけど、それを差し引いても、ウズウズします。本日、空席がわりとありました。明日も公演あります。オススメです。

この、アクロバット体操みたいな、チラシ、失敗じゃないか?!

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2008年4月24日 (木)

カール・ドライヤー監督特集

いよいよ、4月26日(土)までです。

日本での上映権切れで、これでしばらく劇場の大スクリーンでは観られなくなってしまう。
(どっか、奇特な会社とかが、買ってくれれば別だけど、まぁ無いだろうな)

映画好きを自認する人、まだ観てないのだったら、
映画のことを語る前に、是非観るべきではないでしょうか。

Realtokyoに推薦コメント寄稿してます。
http://www.realtokyo.co.jp/events/view/24955

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2008年4月16日 (水)

Benny Moss/『フリー』 (impression)

Benny Moss/『フリー』

4月15日~18日  STスポット

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構成・演出 垣内友香里
出演 重森一/澄井葵/カワムラアツノリ/根岸由季/兼盛雅幸/家所辰顕/垣内友香里

始まってしばらくパフォーマンスがあったあと、垣内さんが出てきて口上を述べだす。曰く、『フリー』というタイトルで作品を作ってきたがむずかしかった。日本語では、自由、「みずからよし」と綴るが、ますます訳がわからない。私は大学でハイデッガーを専攻し存在について考えてきたが、「自由」って本当に存在するのか.....云々。
でも、この口上の変奏が何度となく唱えられ、ついには別のメンバーまでもが、垣内と名乗りだすなど、述べられた内容の虚実はすでにあやふや。
その中で、「モノは、光が当たって可視化される。“自由”は小さすぎるため、光の素粒子に弾き飛ばされてしまうために、見えない」と言う。うーん、ハイゼンベルグとエーリッヒ・フロムだね。
そして、パフォーマンスも、フロムよろしく、しがらみから解かれた存在は、無重力を漂う物体の如くままにならない混沌へと陥ってゆくのか。
途中、なんだか懐かしい、カタルシスを惹起されそうになるが、予感だけで萎んでしまった。言いたいこと、やりたいことは、伝わったけど、もう少し工夫しようがあったかも。

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2008年4月10日 (木)

空間ゼリー (impression)

空間ゼリーVol.9 「私、わからぬ」

4月9日~13日  赤坂レッドシアター

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作:坪田 文/演出:深寅 芥

CAST
斎藤ナツ子 岡田あがさ 佐藤けいこ 細田喜加 猿田瑛 北川裕子 川嵜美栄子 西田愛李 篁薫 阿部イズム 半田周平 千葉伸吾 大塚秀記 麻生0児(studio salt) 青木英里奈(ハロプロエッグ)

空間ゼリー!?なんか、ニュプニュプしてそう(^^)、で、ある情報サイトで、さる劇評家が推薦もしてたんで、初見。
うーん、でも、ニュプニュプしてはいませんでした。どっちかと言うと、トゲトゲ?!
夫が失踪してしまった長女を中心に、リストラされた父親とか、居場所の無い次女とか、それぞれ問題を抱えた家族が、フラジャイルな結びつきを巡って、お互いを鏡像にしながら居間を舞台に展開する。結構、深刻なお話が、わりと淡々と進んでゆく。それでも季節は繰り返すって風に。でも、そのドロドロさも淡々さも、どっちつかずで中途半端。すごく深刻ぶるけど、リアリティがイマイチ。荒れてた次女が、簡単に思い直して素直になっちゃったり。
それと、初日のせいもあってか、芝居が硬くて段取りっぽくて、それも感情移入を妨げる一因になってたか。
私の好みには、合いませんでした。

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2008年3月30日 (日)

COSMIC LIVE 2008 (impression)

「ピンク祭」 ピンク単独公演“COSMIC LIVE 2008”

3月28日~30日 こまばアゴラ劇場

なんか、寂しいなぁ~。待ちわびた公演がはねた後ってのは、いつだって幾ばくかの寂しさを禁じえないものだけど、今回はなんせ祭だかんね、「ピンク祭」、祭の後って、寂しいでしょ?って、ほんとは、それだけじゃなく、一番寂しいのは、ピンクの磯島未来ちゃんが、在研で2年間もベルリンに行ってしまうんだ。だから、当然未来ちゃんのダンスは、しばらくこれで見納め。ピンクとしても、この3人での公演は、当分お休みってことになる。
それにとっても残念でもある。だって、あの、破天荒で、マジなんだかオチャラケてんだか、でも確信犯的にいろいろ仕掛けるピンクたちが、きっとこれから日本のコンテンポラリー・シーンに新しい風を吹き込むだろうと期待してた、その矢先のことだから。
でも、嘆いてても始まんないし、きっと2年後すごいことになって帰ってきてくれると思うから、それを期待して待つ事にしようね。
だって、今回だって、結局ずいぶん待たされたんだから。そうあのdiepratzeで観た「We Love Pink~夏休み~」以来、一年半ぶりとなる東京での単独公演。もう、はじけまくってくれて、楽しかったです~。あの東南アジア辺りのアイドルグループ然とした濃~いチラシから想像されたように、アジアンなカンフー(裏拳から前蹴り、決まってます)と近未来なCOSMIC風味(宇宙人の制服?胸にボタンとベルトのついた衣裳がカワイイ)をまぶした、ノリノリダンスで幕を開け、その後例のチアリーダー・スタイルに着替えてからはAKIBA系体育会炸裂、地獄の特訓と紛うべき(^^;)、ダンスに筋トレにコミカル寸劇と、休む間なし(息を切らしたゼーゼーさえも、見せ場にしてしまう)の組んず解れつ。最後は、当然「We Love Pink」を踊ってくれて、すっかり堪能大満足。
で、今日は楽日だったためか、カーテンコールでのベルリン行きの報告に、思わず涙した未来ちゃん、頑張ってきてください。でも、身体には、気をつけてね(あ、でもまだトヨタ・アワードがあるな)。

それと本日は、二本立て。この後、「即興ナイト」があり、高野美和子さん、福留麻里さん、山賀ざくろさんが加わって、段取り決めも一切なしの、真の即興へ突入。あれだけ、飛び跳ねたピンクたちが、さらにこのゲストたちと対決、ほとんど取っ組み合い、けっこうわらかしてくれたり、もうほんと、十分見納めさせてもらいました。

あーぁ、ピンク祭終わっちゃった~(; ;)。

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2008年3月26日 (水)

謝肉祭 (impression)

ピンク祭 謝肉祭

3月25日~26日 こまばアゴラ劇場

出演:梶本はるか「ひとまず、サンパウロ」/越博美「灰の色の空に堕ちた」/磯島未来「Matilda」/梅﨑礼「うむあいつうじる」/斎藤麻里子「パラダイス」/米澤麻佑子「days」
(前座:加藤若菜、須加めぐみ) 
- 『謝肉祭』は、全国各地の田舎で偶然ながらも同じ年に生まれ育ち幼少期よりダンスを続けてきた者たちが、何の巡り会わせか東京で出会い、各人のダンスを認め合いながら作品を発信しようと立ち上げたものです。半年に一度のこの企画は今回が三度目。第一弾は2007年3月、第二弾は9月に千歳烏山「StudioGoo」にて開祭。 -

いよいよ「ピンク祭」開祭です!!駒場が一週間、“ピンク街”になる??!!で、まずは、「謝肉祭」で幕開け。謝肉祭は出自も系統も違うけど、83年生まれでダンスをやってる乙女たちが集まって、ソロ作品を発表しあうプロジェクト。「ピンク祭」幕開けには打ってつけす。

まずは、ちょっとだけお姉さんといううことで、謝肉祭に入れてもらえない、ピンクの加藤さん須加さんが前座を買って出て、伝説の「鮭」を披露。目黒星美学園時代に創作ダンスで発表したという、イクラから孵化し川をさかのぼり産卵、昇天するまでのシャケの一生を4分間で表現した怪作。衣裳も当時のそのままを身につけるという偉業を成し遂げ(^^)、場を盛り上げます。

そして最初に登場は、梶本はるかさん。両腕をぶん回しながらドスンドスンと後ろ跳び。音もなく着地するという舞踊の基本とは正反対、両膝、足首伸ばしたまんま(ケガしないでね(;´Д`)、わざとかかとを床に打ち付ける。パンクの音楽に抗うように、前進を試みたり、これぞ過呼吸乙女たちの前哨戦!BATIKとかで観たときの梶本さん(正統的にしっかり踊る)とは、まるで違って見えました。

壁にもたれかかるように登場した越さんは、額に当てた手を小刻みに震わせたり、やるせない感じ。それが終盤に向かってイライラへと募ってゆく。座り込んで床を執拗に手で掻いたり、触れたいのに、触れられない、何に触れたいのかも見失ってゆく....。

磯島さんの「Matilda」は、これで3度目。初演のGooでは、トム・ウエイツのワルツィング・マチルダをバックに退廃感をかもし、1月のdie-pratzeでは、ほとんど無音で、花園を駆ける少女への鎮魂の儀式、そしてたぶん完結篇となる今回。いつもと同様、黒いワンピに黒いソックス。いにしえの小学校の木のイスに腰かけ、焦点の定まらぬ目をしながら、ひざの上で指をトン...トン...。いったい何の到来を待つのか。やがて、ガレージ風ロックが鳴ったり壁をよじ登ったりするが、動きはさほど激しくなりはせず、終始抑制された感じが続く。最後に、椅子の上からちぎった花をポトリポトリ....。待っていたのは、あのバルチュスの少女の“時”なのかもしれないと、ふと思わせられた。でも、“訪れ”はやっては来ない。未視の記憶は、葬られるのだろう。

闇の中スポットが点くと同時に、その床の円形の光の中へ倒れこむように登場した梅崎さん。今回、ダンスの語法を外すようなものが多い中、流麗なダンスをみせてくれます。綺麗で、破綻もなく、素敵なんですが、伝わってくるものは少ないかな。

今度、寺山作品の舞台に出るとの斎藤さん。あまりに、相応しすぎる不思議ちゃん。割烹着に布団叩きを携えて(カッコイイ!!)、舞台の四隅を徘徊しながらあたりを睨め付ける。ベサメムーチョやジャズサンバと、音楽も磁場を揺さぶる。そして、宙を振り回す布団叩きがブンブンと空気を唸らせるたび、私たちのゲシュタルトもグズグズと崩れだす。

最後に米沢さんは、床に撒かれたちぎった日めくりの上で踊ります。ほとんどモダンのシークエンスが続くのですが、時折、手話かマイムのように手を振るしぐさが挟み込まれ、そのたびに意味が痙攣する。もっとその部分を発展させて欲しかった。

いよいよ、金曜日からは、“We Love Pink”以来1年半ぶりのピンク新作公演!!楽しみっす。

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2008年3月19日 (水)

BOSTA (impression)

アラブ映画祭2008 特別上映「BOSTA
監督:フィリップ・アラクティンジー 2005年/レバノン

3月17日  草月ホール

毎年恒例の催し物が巡ってくると、月日の経つ速さをにあらためて思い至りますよね。今年で4回目を迎える「アラブ映画祭」もそんな催しのひとつ。国際交流基金(ジャパンファウンデーション)が主催し、アラビア語圏の作品を紹介してくれるんですが、普通こういう類のって、巨匠の名画なんかがラインナップされるものだけど、この映画祭は最近の話題作、ヒット作が上映されて毎年楽しみ。しかも、日本では他で観る事ができないものばかり。今年も、チュニジア、シリア、ヨルダンなどなどの作品が並んでます。
アラブというと私たちは、西側メディアの影響もあって、「テロ」だとか「異教の戒律」なんかのイメージが先行しがち。もちろん、そうした宗教的な問題や対立なんかを描いた作品も少なからずある。でも、この映画祭で観る各国の人気作品には、ネットカフェが舞台になったり、ヒップホップ音楽やチョッパーバイクにまたがる若者たちなんかが登場し、わたしたちと変わらない夢や挫折や日々の暮らしがあふれてる。
オープニング特別上映に選ばれた「BOSTA」にも、若者たちの夢や恋や悩む姿が....。
ある理由から故国レバノンを離れ、フランスに渡っていた主人公が帰国。その音楽的才能を活かし、昔の仲間を集めて舞踊団を結成する。レバノンの伝統舞踊タブケに、テクノやヒップホップを取り入れ、その名も“デジ・タブケ”。しかし、保守的な長老たちには受け入れられず、フェスティバル出演を拒まれてしまう。そこで、彼らは自分たちの方向性の正しさを証明すべく、地方ツアーへ.......。
主人公が故国を離れた理由や団員同士の恋愛の障害の背景には、やはり宗教や民族、テロなどが横たわる。でも、主題を成すタブケをめぐる物語には、より普遍的な世代間の無理解と和解や、今日的な社会矛盾が主となっています。
タブケってよく知らないのだけど、この映画の中で見る限りでは、中東に多い旋回系に戦いを模した所作(ツルギを持って踊るような、ってこれもハリウッド・イメージか!?)を盛り込んだ感じですね。“デジ・タブケ”は、伴奏の伝統歌謡をサンプリング加工したり、打ち込みでイメージを発展させたもの(この音楽たちが、かっこいい!!サントラ欲しい!!ネットで探して見つかるだろうか!?)に、跳躍系の従来になかったムーブメントを足したものです。ただし、映画の中では役者が踊ってるので、ダンスの完成度は求められません。
レバノンで記録的大ヒットとなっただけあって、面白い作品。とくに役者たちが、魅力的です。反面、難を言うと、シネマトグラフィーが煩い。アングルの転換やズーミングや、ショットも距離を頻繁に変えすぎ。部分的にモノクロになったり、ガラスに反射する人物越しの映像とか、なんだか60年代の実験映画のような.....(最近、ファッションとか60年代アングラが流行りだけれど)。もっと落ち着いて撮ったら、ずっといいはずだけど。

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2008年2月18日 (月)

ダンスシアター他動式 (impression)

ダンスシアター他動式『うん』

2月17日~18日  中野テルプシコール

振付:伊藤多恵
音楽:港大尋
出演:黒沢美香/松原佐紀子/公門美佳/三枝はな/吉沢 恵
   澤 和幸(ギター)/山田百子(ヴァイオリン)/港 大尋(ヴォーカル, パーカッション etc.)

何かのサイン、あるいは手話のようにも見える手と腕の動き、いくつかのパターンの組み合わせを繰り返す日常的なワンピースの女性。そこに絡む他の女性たちは、衣装然とした同系統の服をまとっている。体のささめきを聞き取るような、穏やかな日差しのような、そんな時間が流れてゆく。しかし、そこに黒沢美香さんが登場すると、俄かに位相が反転さえしたような空間の変容が起こる。ワンピースの女性の分身、分裂した自我に見えなくもない。というのも、いくつかの小さな鏡が角度を変えて積み重ねられていて、その前に女性が立つと、体がバラバラに映る。それは、まさに鏡像の分裂。さらに後半、その場に恵さんがしっかりダンスの質量を据えた。
『あ』『うん』の2部作、『あ』を見逃したので、なんともいえないが、『うん』を見た限りでは、悪くはないけど手際よく軽めに仕上げた佳作といった印象でした。
「怠惰に関しては熱心」を売り文句にしている美香さんだけど、ここのところ精力的に公演をこなしてる。コンポラ界のゴッドマザーは伊達じゃない、その存在感にあらためて感心させられます。

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2008年2月16日 (土)

神村恵カンパニー (impression)

神村恵カンパニー『どん底』

2月15日~17日  BankART1929ホール

構成・振付:神村恵
出演:磯島未来/遠藤綾野/髙橋明子/山縣美礼/神村 恵

ダンスの祝祭とかスペクタクルとかから、できるだけ遠いところにあろうとする彼女たち。日常のすっぴんの身体と動きを、公演というフレームに入れると、どんな未知のイメージが湧き出るのかというその試みは、つねに舞台空間という縛りからの逃走でもある。今回はBankARTという、空間自体がすでに意味を孕む芝居がかった場所にどう挑むのか。そして、もうひとつ、ダンサーという強度をまとった磯島未来が、その飄々淡々としたマテリアルな振付のなかで、どう映るのか。それが、とっても観たかった。
で、やはり空間の独特な硬質な雰囲気のせいか、全開の『山脈』に観られたような、可笑しくない可笑しさといったナンセンスな脱力感は無く、かなりシリアスな印象(終演後、神村さん本人に聞いたところ、『山脈』の方がむしろ緊張感があったということだけど....)。たしかに、飄々とはしてるけど、切実さも同居してる。踏み外し、転倒することで、容易に滑り落ちる、日常に潜む恐れのようなものを感じた。
そこに、磯島未来が入ることで、日常と非日常が、まるで入れ子のようにお互いがお互いを呑み込んで無限に続くような、目眩な感覚をもたらして、作品に厚みを与えていたように思う。
いずれにしても、すごく楽しめたし、これかろも面白い試み、挑戦を続けて欲しい。

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2008年2月13日 (水)

レンブラントの夜警 (impression)

レンブラントの夜警<Nightwatching>2007年/カナダ・フランス・ドイツ・ポーランド・オランダ・イギリス
脚本・監督:ピーター・グリーナウェイ

上司に言われ、業務で観にいった。映画関連の職種なので、こういうことは時々ある。でもね、苦手なんだな、グリーナウェイ。ドギツイ色使ったりする、あのクセのある映像が。とはいえ、仕事だし、自腹じゃないし.......。ところがこれが、案外よかったよ。
ちっともドギツくなくて、むしろしっとりしてて、で、セットも照明も芝居も、まるで舞台中継。といっても、教育テレビの舞台中継のような安っぽいわけはなく、そんなもんと比べちゃってゴメンねぐらいアトラクティブ。上手から下手まで見渡せる舞台サイズのエスタブリシング・ショットが多用され、たぶん、レンブラント・ライトを意識してるんだろうけど、ステージに浮かび上がるような映像に酔えます(もちろん、本家レンブラントの劇的な照明効果には及ばないけど)。役者の芝居もキャラもいい!!
ただし、ダヴィンチ・コードの様な謎解きサスペンスを期待すると違うかも。もっと、人間ドラマ的な作品っすね。
もちろん、「夜警」にまつわる、いろんな謎がモチーフになってるんだが、でもあれって、レンブラントに限らず「オランダ集団肖像画」という他に類のないジャンルにおいて孕んでいる特徴(描かれた人物の視線はどこに向かっているかなど)で、研究者のアロイス・リーグルが絵と外部との関係性において説明し、一応決着がついてるもんだよね。なぜ、今更持ち出すのか、グリーナウェイともあろう人が、リーグルを知らないとは思えないんだけど。

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2008年2月10日 (日)

ピピロッティ・リスト:からから (impression)

ピピロッティ・リスト:からから

2月11日まで  原美術館

Vol8_07 『膝ランプ』(部分) ビデオ インスタレーション 2006年

床に降るように映された郊外の団地の俯瞰映像。その窓から覗く人物をズームアップした画面は、人物の口の中へ吸い込まれ、そこはまるで宇宙の流星群。
枝を伸ばした木にぶら下がるプラスチック・ゴミが、壁面にキラキラと揺れるシルエット。
モニターの中の海底に、透過した揺らめく日を受けながら沈んでゆくオモチャの車。
膝の上にポッカリと甦る、木漏れ日の日溜り。

胸の中の戻らぬ日々がツンツンされる、ゆるーい切なさ。でもそれは、実は何処にもいまだ在ったことは無い、無重力のノスタルジーかも。
ささやかなアクタの集積に、内向的な読解を委ねる現代アートの極北だからこそ、きっと誰もがふと浮遊するような淡い幸福感を抱くのかもしれない、きっと....だけど.......その内向きの超越の試みは、果たして口の中へ広がる宇宙のように、どこかへ開かれてゆくのかどうか.......

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2008年2月 8日 (金)

ヤン・ファーブル 『死の天使』 (impression)

ヤン・ファーブル 『死の天使』

2月8日~10日   彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
   
構成・演出・テキスト: ヤン・ファーブル
振付: ヤン・ファーブル イヴァナ・ヨゼク
出演: イヴァナ・ヨゼク ウィリアム・フォーサイス(映像出演)

夥しい「死」の堆積が、仮初の時に体温を甦らせる、それは生身の詩。ホールステージ上に拵えられた、暗幕の中での秘儀。「跳ぶこととダンスすることだけが、私に出来ること」という裸の天使フォーサイスの言葉に促され、ホルマリンに浸かった標本イメージに漂いながら、百数十人の詰め込まれた観客は、自らのイマジネーションを羽ばたかせダンスすることを求められる。ミイラ、髑髏、変異した遺体......それらを眺める我々はまた、死に観返されている。手の届きそうな間近に奇態に蠢く悪魔イヴァナ・ヨゼクを見つめる我々が、実は彼女に肉迫されているように。ことにテクストにこだわる近年のヤン・ファーブルにたがわず、パフォーマンスよりも言葉の奔流にさらされる。しかしそこにも、死と生を入れ子に孕んだイメージ、言葉を産み落とすことによって葬られるモノたちがたち現れる。それは、静物ではなく、生々しさのヴァニタス、そこにしか美の宿る瞬間はない。

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2008年2月 3日 (日)

路地裏の優しい猫 (impression)

路地裏の優しい猫

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作・演出:盛岡利行 STRAYDOG Produce

2月1日~11日  赤坂RED/THEATER

開場時間過ぎて着いたのに、入り口周りに人だかり。えっ、おしてて、まだ開いてないのか?と思って近づくと、その列は会場内へと続いてる.......。なんと、グッズを買うのに並んでる人たちでした。そう、黒川芽以さん等、カワイイどころ多数出演の公演とあって、萌え系の方々大入り。そんな方たちに囲まれて、ちょっと場違い感じつつ席に。うーん、でもよく考えてみたら、mikiちゃん観たくて来てる自分も大差無いっつーか、こっちの方がよっぽど変なオヤジか(-_-;)!?
で、しょっぱな、いきなり、女子チームによる“にゃんこダンス”!!
やっ、やばい!いま、胸の奥が、なんか「萌え~」ってした!!って、いきなりはまっちゃったです。mikiちゃんに釘付けんなって、目キラキラさせてるオヤジ1名発生!!させてしまったよ(*^▽^*)
ストーリーは、同時に公開中の映画「子猫の涙」と同じ原作、メキシコオリンピックの銅メダリスト、伝説のボクサー森岡エイジのその後の波乱に満ちた後半生を綴ったもの。哀しかったり、切なかったり、でも逞しくてかっこよくて、でもやっぱりダメだったり.....。じつは、映画のほうも観たんですが、「子猫の涙」では、娘役の藤本七海ちゃん12歳の名演技が怖ろしいほどすごくって、映画らしくシリアスな仕上がり。継母と娘の葛藤なんかも描き込まれたりね。
こっちの舞台も、じんわ~っと感動させてくれるのはもちろんだけど、映画とちがって、エイジたち家族を見守る“ねこ”の世界がプラスされファンタジーや、笑えるとこ、かわいいとこ盛りだくさんで、舞台ならではの楽しさ満載。
映画版では、時系列がやや複雑に編集されてるけど、舞台ではそれが出来ない分、かえってすっきり整理されてていいかも。
そして、村井美樹さんですが、大阪のおばちゃんから、エイジの愛人=継母(映画版では広末涼子)まで、何役もこなして、ほとんど全編出ずっぱりの大活躍(大阪のおばちゃんが妙に似合ってたのが、うーんちょっとどうなの(^o^; ...。そういえば、映画版でもハスッぱ関西ネェちゃん、だったし....)。すごく楽しく演ってるのがはじけてて、舞台の面白さを一層盛り立ててくれてます。もち、エイジ役の大内厚雄さんや娘役の黒川芽以さんをはじめ、みんな個性的で素敵な役者さん揃いで、笑ってジンとして豊かな時間が過ごせました。

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2008年2月 2日 (土)

バットシェバ舞踊団 (impression)

バットシェバ舞踊団 「テロファーザ」

2月2日~3日  神奈川県民ホール

拍子抜け。バットシェバといえば、「アナフェイズ」の印象が強すぎるせいか、どうしてもあの圧倒的な高揚感を期待してしまうんだけど.....。なんだか、ぜんぜん面白くなくて、観てる自分の体調が悪いのか?この作品を解るレセプターが無いのか?とか、最初こっちの所為かと疑っちゃったけど、会場で合った知人みんなが同様につまらんと漏らしてたので、変に安心。今回の作品で効果をもたらすはずの売りの群舞は、ダンサーのレベルに疑問が残り、仕掛けなどのアイデアも凡庸、もぅ、がっかりだよ。

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2008年1月29日 (火)

新人シリーズ6 受賞者

ダンスがみたい!新人シリーズ6 アフタートーク

1月28日  神楽坂die pratze

今回の審査員をつとめたプロの批評家5名による、アフタートークが行われ、受賞者の発表がありました。

まず、審査員による新人賞は、1月17日<Iグループ>で出演した、
Essential SDC『ミス・ジョディ』

観客の投票によるオーディエンス賞は、1月9日<Dグループ>の
国枝昌人+古館奈津子「すんだ」

受賞者の皆様、おめでとうございます。惜しくも選に漏れた、ほかの皆様もおつかれさま、そして素敵な舞台を見せていただいてありがとうございました。審査員も異口同音言ってましたが、ホント甲乙付け難いぐらい、みんなレベルが高かったです。
審査員選定のEssential SDCは、総評によると、演劇的な面白さ、定石を踏まえながらも意表を突く意外な展開、などが評価されたとのこと。(私には、以外というよりも、既存のいろんなものに、チラチラ似てたのが気になったのですが....)
国枝昌人+古館奈津子は、私も印象に残った一組に挙げましたが、ほかの観客のみなさんも、あの突き抜け方に圧倒されたみたいですね。審査員の中には、こちらを1位に押した方もいたとか、納得です。

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2008年1月24日 (木)

ジプシー・キャラバン (impression)

ジプシー・キャラバン アメリカ/2006

監督:ジャスミン・デラル

1月12日より公開中 渋谷シネ・アミューズ

去年、公開されることを知ってからずっと待ってった映画、行ってきました。楽しかったし、面白かったし....でも、不満点もけっこうあって....
音楽ドキュメンタリーのこの映画、4つの国から参加したロマ/ジプシー5つのバンドの、6週間にわたる北米ツアーの模様を追いかけたもの。ワールド・ミュージック好きで、トニー・ガトリフとかロマの映画好きの私にとって、面白く無かろうはずが無いわけですが.........
まず、1曲たりとも完全な最初から最後までの演奏シーンが無い。曲の途中でステージから、そのミュージシャンの暮らしぶりとか、移動中のバスの中とかにシーンがフェイド・インしてしまって。もちろん、コンサートの録画ではないので、ずっと演奏シーンだけというわけにはいかないのは承知ですが、せめて1~2曲は、全編聴かせてくれてもいいのに!!
それと、観客の反応もあまり見せてくれない。ハリウッド映画中で、悪者イメージに仕立て上げられ偏見を背負ってきた彼らが、アメリカでどう受け入れられるか、ということも本作でほのめかされているくせに、その結果の反応がストレートに表現されてない!?チケットが売り切れたとか、新聞のレヴューとか、高い評判であることは示唆されるんだけど、客の生の感想とか反応とかが見えない。アメリカが世界一と思ってるお気楽なアメリカ人らが、ジャズやブルースやミュージカルなんかのルーツが、こんなところにあるとわかったときの彼らの顔が見たいのにぃ。
それと、せっかくインド、スペイン、ルーマニア、マケドニアのバンドが出てて、同じ源流を持ちながらも、フラメンコやらスイングやらブラスバンドやらに分かれてったその辺とか、それぞれのジャンルの違いとかが説明されてなくて、不親切!!
と、多少中途半端な気分にさせられつつも、飽きることはなかったです。なにしろロマの人たちの陽気さ前向きさ音楽への情熱が、そんなことどうでもいい気分にさせてくれちゃう!インドの女装の男性が(ヒジュラの人ではないようですが)、膝で高速旋回系ダンスするのも、すごかったし!今日は給料日前で金なくてあきらめたけど、今度サントラ買おうっと!!

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2008年1月22日 (火)

新人シリーズ6が終わって

「ダンスがみたい!新人シリーズ6」11日間中、結局8日間24組の演舞を観ちゃいました。当初は、通し券の元が取れればなんて、言ってた訳っすが、とにかくその全体的なレベルの高さに面白くて、途中から中毒のように通ってしまったよ。毎日の投票とは別に、通し券組には、全体を通してのオーディエンス賞投票権が与えられてるので、できるだけ観てちゃんと選びたかったのもあって。でも、ほんとみんなレベルが高くて、選ぶの大変でした。なんせ、1番と2番の二組しか投票できないんだもの。係りの人に「もっと選んじゃダメ??」って懇願したんだけど、相手にしてもらえませんでした(;_; )。
で、印象的な出演者をあげておきたいと思います。ほんとは、以下の人たちみんなに入れたかった、でも、この内のだれに投票したかは、内緒。
まず、Aグループの坂本典弘さん。その寂寥感漂うたたずまいが、良かったです。
Bグループの磯島未来さんは、強度を伴った存在感にゾクッゾクッ。
Dグループに登場した、国枝昌人+古館奈津子デュオ。とにかくクール。いま!!って感じ。
Iグループの三枝はなさんは、ナチュラルでいて、細かなところまで実は表現されてる動きが気持ちよかったぁ。
最終日、Kグループの那由多さん、しなやかさと強さとアトラクティブなムーブメントにクラクラ。
この5組の方たち、絶対これからも注目していきたいです。

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2008年1月21日 (月)

新人シリーズ6 Kグループ (impression)

ダンスがみたい!新人シリーズ6 Kグループ

1月20日  神楽坂die pratze

とうとう最終日(28日には、関連イベントとして審査員批評家連によるトークがありますが)、Kグループです。

秦真紀子「retour(再生)」
身体を反らせ、天を仰ぎ、差し上げた手をよじらせ......無定形に感応に身体を反応させているのだろうけど、何に感応しているのか、自己完結してしまってて、なんだか届いてこないです。動きは、素直で流麗なんですが。

那由多「霧中」
ふーっと、どこか遠くへいざなってくれました。その指先はおろか、うぶ毛の先に触れる空気にまで、律動が通っているみたい。駅の雑踏のような背景音に、指先から拾ったさざめきが、身体を波打って波紋を広げてゆく。律動が充満するように激しく高まり、そしていつか、かえす波のように、しじまに浸され....
その跳躍にも微かな揺れにも、心が掻き立てられて止みませんでした。で、とくに、すっと潮が引いたかのような、刹那の立ち姿が、なんとも美しかったぁ。

田村のん「ウニカ」
BUTHOごっこ。足の運びも、身体を丸めて四肢を強張らせたりといったBUTOHのポピュラーな動きも、すべておざなりに見える。頭から胸に袈裟懸けに包帯巻いたり、紙風船膨らませたり、って雰囲気だけまねた、BUTHOもどき。怪奇ショーじゃないんだから。

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2008年1月20日 (日)

新人シリーズ6 Jグループ (impression)

ダンスがみたい!新人シリーズ6 Jグループ

1月19日  神楽坂die pratze

いよいよ、明日のKグループを残すのみ。ラスト・スパート!!って、私が張り切ってみても仕方ないけど。

清藤美智子「黒い太陽」
大学からダンスを始めたとあるけど、それにしては手練です。たぶんモダン系を学んだんだと思うんだけど、今回のシリーズのモダンを出自とする出演者の中で、一番好きです。モダンの人たちって、どうしても身体と表現の間に形骸化した語彙を挟んでしまう(しかもバレエの様に完成されてもいないと思う)のに、清藤さんは直に身体に向き合っていて、しかも丁寧で饒舌。芝居っぽいポージングもいやらしくなく、自然でいいです。

小川水素「小川水素用語集 第一集」
ちょこっと顔を傾け、ひざをカク、、カク、、と2段階に折り、左肩を落とし、次に右肩を、というようなほんの少しづつ体の各所を形式的に動かすことを繰り返す、超ミニマル・パフォーマンス。動きは、何回か繰り返した後、少しずつ変化したりする。こういうのって、あるスレッショルドを越えた瞬間、ふっと気持ちよくなったりするけど、催眠術みたいなもんかな。

dance-tect「Metro-[No]Me」
メンバーの一人が建築とダンスをテーマに活動と書いてあったので、期待したのだけど....建築とダンスといえば、何と言ってもラリュー、彼の独特のコンポジションは建築からきてるんだよね。でも、さほど感心させられるようなものはありませんでした。

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2008年1月19日 (土)

Nibroll “ROMEO OR JULIET” (impression)

ニブロール『ロミオ OR ジュリエット』

1月18日~20日 世田谷パブリックシアター

Fly_p_080118_romio_m_pm_img_1 (画像はWEBより転載)

10周年記念講演って、もう10年!?当時私も某ダンスカンパニーのお手伝いをしてて、その関係で矢内原美邦と知り合って、あれから10年も経ってしまったんだ。あの頃、横浜のSTスポットとか小さいスペースでやってたりしたのが、世田谷パブリックシアターだなんて!!縁あって後輩がスタッフになったり、少なからず係ってきた私としては、胸が熱くなる思いで観てしまったよ。
出だしから、もう美しいです。珍しく、しょっぱなから美邦ちゃんが踊ってくれて、舞台上空からは、紗幕が幾重にか連なり、白く光るグリッドが映し出されて、そして、群舞へと続き.....って、もう一気に全開モード。とくに今回、高橋君の映像(いつもの叙情は廃されてシャープ)、滝之入君の照明、それと紗幕を連ね映像のレイヤーを、という美術アイデア。それらが、一体となって眩むような空間を現出させていました。
前作『no direction』の方が、エッジは効いてNibrollらしいとは思うけれど、スペクタクルの総合的な出来としては、今回のほうが支持率はきっと高いんじゃないかな。いままで、彼らを敬遠してた人なんかにも(知り合いは、かっこいいのが、かえって嫌って言ってた。わからんでもないが。)、楽しんでもらえそう。10年の節目に、ホント相応しい作品だと思います。

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2008年1月18日 (金)

梅枝 (impression)

梅枝(うめがえ) 能(観世流) 小書き越天楽
シテ:梅若六郎

1月18日 国立能楽堂

今年最初の能が、梅若六郎さん。なんて、幸せ!旅の僧の前に現れた、女人の幽霊。楽人だった亡き夫の無念(ライバルに殺害された)を胸に、形見の装束をまとい、切々と愛執を舞い謳う夢幻能。女人でありながら、時に夫と一体化する“移り舞”の趣向。序破急に、狂乱が増し、笛の調子も一調し高い楽「盤渉楽」をかなで......しかし、地謡はまるで声明のように、地の底から響くような厳かな調子を、あくまで保つ。これは、旅の僧が身延山から来たということで、日蓮の女人成仏を暗示しているからなのかなぁ。
とにかく、もう梅若六郎、痺れました。
(四番目物・二場 作者は一説に世阿弥と言われています。)

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2008年1月17日 (木)

新人シリーズ6 Iグループ (impression)

ダンスがみたい!新人シリーズ6 Iグループ

1月17日  神楽坂die pratze

G、Hグループは、観ることできませんでした。で、Iグループです。

青山るりこ「一分前まで○○だった(仮)」
ほとんどシルエットしか見えないほどの落とした青白い照明の中、マシュマロを床に放り散らかして歩く。やがて、床に落ちていたカラータイツを拾い上げ穿きながら、パンツの腰の辺りに数個のマシュマロを挟み込む。スポットに浮かび上がった辺りで、四つん這いになり、激しく背中を上下に揺さぶる。そして、起き上がり身もだえする。と、明らかに性的な喩を暗示させるのだけど(なんかシュヴァンクマイエルの『悦楽共犯者』を思い出したよ)、ちょっと考えすぎというか力が入りすぎというか.......

三枝はな「冬の空のにおい」
フワッと雲の上を滑走するような時間。最初、起き上がっては、崩れ落ちるの繰り返し。でも、何かを踏み外したようにすっとっとって倒れるのが可愛い。おじいちゃんから送られてきたリンゴを剥いて、お客さんに配ったり、ゆるーい時の中、サンバに腰を振り肩をゆすり、そして柔らかいナチュラルポップのリズムで、まるで体から送られてくる周波数に身を任せたような自然体の踊り。空を掻くように差し出される手や足の周りを、すうっと空気が撫でて行くのがわかるような。でも、自然体に見えて、実はその手足の先の先まで、繊細に神経が行き届いて制御されている。みなぎる、たおやかさ....、気持ちいいなぁ。また、これからの楽しみな人が増えました。

Essential SDC『ミス・ジョディ』
ユーモア溢れるレヴューな女性3人組の作品。コーヒーショップを訪ねる旅行者を、担ぎ廻したり、白粉を叩きあったり、ズレタ絡みが随所にあってコミカル仕立て。でも、動きはパターン的でちょっと硬い。「指輪」やジャンティや、ときに「キノコ」風でさえあったり。けど、最後にちょっと郷愁が訪れ、佳作といったところじゃないでしょうか。

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2008年1月14日 (月)

新人シリーズ6 Fグループ (impression)

ダンスがみたい!新人シリーズ6 Fグループ

1月13日  神楽坂die pratze

三上周子「氾濫」
何かを頭上に持ち上げるように両手を差し上げながら、前へ後ろへよろめき歩く。金属のイズの音が、バロック歌曲へ変わると同時に、die pratze名物ステージ下手の柱に頭をゴツンと打ちつけ、その場に静止。しばらくあって、客をねめ回したかと思ったら、仰向けに勢いよく転倒。手や足をよじり終盤へ。決して、強度が全身にみなぎるタイプではないが、後半から終盤BUTOHが降りてきたかのような場面もあって、今後に期待。

柴田恵美「ピィちゃん」
内省的なマテリアルとでも言えようか。仰向けのまま足で床を漕ぐように前進したり、頭をかきむしったり、何かを投げるような振りから胸を鷲摑んだり、といった動きの断片をミニマルに繰り返す。それは、ほのぼのとしたマテリアルではなく、強迫的な行為。ただ、あまりに内向きすぎて、こちらに響くようなものが少なかったかも。

山本眞己・宮田亜希子「汚れぬ雲(ケガレヌクモ)」
始まる前にスモークがたかれたときから、いやな予感がしたんだけど的中しちゃった(タイトルもだしね)。典型的な「どう、私って綺麗でしょ!」的な、時代錯誤のモダンダンス。あっ、でも、テダレならばそれなりに楽しめたりもするけど、学生の創作発表レベル(以下?)とあってはね。ああ、早く終わってくれとばかり念じてしまったよ。
もっと勉強したほうがいいよ、ダンスに限らず世の中のこととか広くね!!

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2008年1月13日 (日)

第9回ダンス・スタディーズ研究会 (report)

『土方巽・暗黒舞踏における非統合の身体-1970年代の身体像とメソッド』
ダンス・スタディーズ研究会 稲田奈緒美

1月12日 東大駒場18号館

稲田先生が準備中の土方に関する著作のベースとなる研究の発表。60年代と70年代で対称的に、身体と作品が統合-非統合の関係を成しているという、興味深いご指摘でした。
今回の研究会は、普段参加される若い人たちが、修論やら卒論やらの真っ最中ということで、参加者は少なかったんだけど、その分コアな人たちの集いとなり、活発なやり取りに3時に始まった会が終わってみれば7時近くでした。とくにアルトーやドゥルーズの研究・翻訳で著名な宇野邦一先生、身体論や朝日新聞の舞踊批評でご活躍の石井達郎先生、さらに土方存命中にアスベスト館で直に薫陶を受けた霜村さんらも参加とあって、研究発表への質疑応答もさることながら、それぞれの土方への思いやエピソードなど、ちょっとここでしか聴けない話で盛り上がり、ひさびさ濃~い時間を持てました。

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2008年1月12日 (土)

志の輔らくご (impression)

志の輔らくご in PARCO 2008

1月3日~27日  PARCO劇場

今年は特に、志の輔師匠作の新作落語「歓喜の歌」を原作jとした映画が公開される、その記念ということもあって、いつにも増してのサービスで存分に楽しませてもらいました。
まずはマンションのエレベーターに防犯カメラを設置するについての理事会の様子を語った新作、そして古典の「抜け雀」、安宿に停まった一文無しの絵師が、宿代にと描いた絵から雀が抜け出すというアレですね。休憩を挟んでのトリの噺は、もちろん「歓喜の歌」2008バージョン。まだ、公演中に付き、ネタバレになるので、詳しくは言えませんが、最後にはスペシャルな出し物が.....。いつもの事ながら泣いて笑って、気がつけば10時過ぎ、たっぷり3時間超の大満足でした。

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2008年1月10日 (木)

新人シリーズ6 Dグループ (impression)

ダンスがみたい!新人シリーズ6 Dグループ

1月9日  神楽坂die pratze

これで、A~Dまでいまのところ皆勤。通し券の元もとってしまったし。でも、今後どれだけ観られるかわからないので、行ける時に行っとかなきゃ。なにせ、通し券の人には、全体を通してのオーディエンス賞の投票権が与えられてるわけで、全部とはいかなくても出来るかぎり観て投票しなきゃ失礼だものね。

三輪亜希子「エミリー」
官能と元気の入り混じったドラマタイズなダンス。ファンタジー系のサントラを思わせる音楽に、媚態をよじって見せたり。ちょっと飛んだ目で。「バタイユ」を通俗的にしたら、こうなるか....。テクはあるけど、上滑りしてる。

国枝昌人+古館奈津子「すんだ」
強風の音の中、スリーオンスリーのスローイングやダブルダッチを思わせる動きは、ストリートのにおいを放つ。これもある種、マテリアル系ではあるけど、飄々とした軽さとは違って、密度あるゆるさといった感じ(わかりにくくてゴメン)。ストリートな、マテリアル系。どこか、松本大洋の雰囲気。とにかく、かっこいいんだよ!!回転系のユニゾンや、ヒップホップな倒立もクール!!で、いきなり音が止み、なが~い間。ゆっくりゆっくり転がり、ゆっくりゆっくり立ち上がる。そして突然、終わる。もっと、観たーい!!!

P'LUSH「Headache -Take3-」
インダストリアルやガレージな音の中繰り広げられる、ステージ・ショー・ダンス?3人とも真っ赤なダウンベストにフードを被って雰囲気出そうとしてるんだが、音が激しい分、かえって身体の重さ動きの鈍さが目立っちゃう。どこまでいっても、バック・ダンサーちっく。終盤、黒いチュチュに着替えてから、奇態に身をよじり、俄然良くなったんだけど。

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2008年1月 9日 (水)

新人シリーズ6 Cグループ (impression)

ダンスがみたい!新人シリーズ6 Cグループ

1月8日  神楽坂die pratze

大越歩「あら・ぬ」
表徴の帝国に咲く徒花でしょうか?日の丸の染め抜かれた手ぬぐいをかぶり、胸につけたゼッケン様のものの背中は逆に、日の丸が穿たれたように丸くくりぬかれている。田植えのように屈みこんだ動きから、起き上がり痙攣状の阿波踊りへと。音楽はバンブー琴から、相撲甚句。さらに痙攣は激しさを増し、阿波踊りはいまや病的。表徴というには、あまりにベタな気もするけどね。BUTOHの匂いが少しでもすると嫌悪する人が少なからずいるけど、レセプターの無い人には伝わらないだろうな。でも、可笑しさと、怖さの相半ばする、その脈動の狭間、心の人さらいに時折私は出会いました。

丹羽洋子
緩慢なオートマトン(自動人形)。能面のような無表情で立ち、体の側面にたらして腕を、ヒジのところで曲げたり回転させたりという、いわば人形振り。この人、幼少よりバレエをはじめ、谷桃子にもいたとのこと。バレエならば、人形振りの演目も事欠かないけど、丹羽さんの場合は、バレエをベースとしたポッピングといった風情。けっこう面白いかも。でも中盤、クルト・ワイルのキャバレー風ミュージックに、退廃風踊りを絡ませたりと、無理に作品に仕上げようとしている感じも。20分の小品を競い合う、今回の場では、起承転結をつけてチンマリ作品仕立てるより、「バレエのポッピング」みたいなジャスト・コンセプトで押し通すのも効果的じゃないか?だから、惜しい。

1+1「キオク-ノ-ハヤシ」
河下亜紀と富岡史の女性二人ユニット。いま、ひとつの流れのマテリアル系ですね。ほうほう堂、手塚夏子とか、とくにこの二人は、神村恵により近いかも。車やカラス、子供たちの遊び声の聞こえる中、何かをよけるようなポーズから、まるで野球のベーススライディングのように、床にズッザッザーと倒れこむ。そんな動きが、ミニマルに繰り返される。でも、どこか主婦の日常がかもし出されたりする。面白いんだけど、やや独りよがり、いや1+1よがりか。観る側が、集中力保つのが、ちょっと大変。

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2008年1月 7日 (月)

新人シリーズ6 Bグループ (impression)

ダンスがみたい!新人シリーズ6 Bグループ

1月6日  神楽坂die pratze

米倉和恵「TEAR ~子宮のラビリンス~」
動きは、BUTHOとモダンを融合させたような感じといったらいいでしょうか....。繭を見立てたような白い布に包まり、映画のサントラのような情感を掻き立てる音楽(“DOGMA”だったら大非難されそう)と感に堪えないような表情(顔も身体も)。それでいて、何だかたどたどしい。こういうの、私はちょと苦手です。

斎藤麻里子「パラダイス」
不思議ちゃん全開!憑依がダンスのひとつの原点としたら、ここならざるものとの交信のような斎藤さんのダンスは、原初を伝える系譜上にあるのでしょう。伸ばした腕、そのさらに指先に触れる不可視の兆し。手繰り寄せる「パラダイス」とは、夕飯前のふとえも言われぬやるせなさの刹那。それはまさに、何かの訪れる逢う魔が時、斎藤さんのアンテナも全開のはずです。

磯島未来「Matilda」
なんで、こんなに磯島さんに惹かれるのか、解けたかも。それは、サブライムを招来する、身体の奥義を秘めているからか。たぶん本人は気付いてないかもしれないけど、“開け”の瞬間を呼び寄せる何かが付与されているらしい。前回の「謝肉祭」と同じ椅子、衣裳。でも「ワルチング・マチルダ」は、鳴らない。まるで、墓標に撒かれたように床に散らばったドライフラワーと戯れる儀式、それは時間の隠喩を孕んでゆるくそして激しく。その漲る磁力に、思わずゾクっとはしりました。本当は、上手く踊れる人なのに、テクよりも強度に賭けてる。そこも、すごくいいな。「黒沢美香」を実はかなり継承しているんじゃないかと、そう言うと、本人は、ちょっと複雑らしかったが。もちろん、いい意味で言ったんだよ。いままで「プニプニした脚」、とかばっかり書いてゴメン。

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2008年1月 6日 (日)

新人シリーズ6 Aグループ (impression)

ダンスがみたい!新人シリーズ6 Aグループ

1月5日  神楽坂die pratze

今年のダンス鑑賞初めです。もう、この新人シリーズも6回目なんですね。これホント、いろんな出演者満載で楽しいです。新人といっても、もうカンパニーなどでかなり活躍している人から、まだ活動を始めて間もない人まで、コンテあり、BUTOHあり、モダンあり、マイムありのヴァラエティー。今回は、1月20日の開催期間まで、11グループに分かれて33組が参加します。
いつもは、好きなのや気になる2~3組観るだけなんだけど、今回は何と通し券(これ3回観れば元が取れる超お得)にしちゃったので、とにかく通えるだけ通うぞ!
で、今日はその初日、Aグループの3組登場っす。

yeux manie-ne「endleofan minutes over aphorism」
ダンスは決して下手ではないし、ちょっとストリート的な匂いもあったりで、期待させてくれたんだが、「作品」を意識しすぎて考えすぎた感じ。小物とか演出とかダンス以外のものが、うーんっ邪魔。ユニゾンもあまり見栄え良くないです。

川上暁子「苛性ソーダ」
床に転がりながら、身体を起そうとして起せないもどかしさに身をよじる。終始床に寝たままのダンス。ちょっと変わってて、そそられる。終盤、立ち上がっての身もだえのような動きも、実はよくコントロールされていて、こういうの嫌いじゃないです。

坂本典弘「spot」
ライムント・ホーゲの孤独感と捨て身の柴崎正道が、いい塩梅でバランスしてる。柴崎なんてわかる人、もうあんまいない?(T-T) タラフマラや維新派なんかにも客演してたダンサーだけど、観る人をフッと離陸させる魅力的な揚力を持ってた。今は惜しくも引退しちゃったようだけど。で、坂本典弘はその雰囲気を湛えてる。床にビタッビタンッと倒れこむ様子は、柴崎が捨て身になった感じ。空をゆっくりまさぐりながら、言葉に定着する以前の観念と格闘するかのような動きは、私の大好きなライムント・ホーゲの絶対的な孤独を醸しもした。最後、客席から躍り出た女性に頬を張られて終わるって、なかなかやります。

6日はいよいよ、磯島さん登場です。あっ斉藤麻里子さんもね!!

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2008年1月 4日 (金)

小堀遠州 (impression)

「小堀遠州 美の出会い」展

12月30日~1月14日  松屋銀座

私が現在籍を置いている事務所が本日より仕事始めにつき出社したのですが、今日は年始の挨拶関係以外さしたる予定も無かったので、昼に抜け出して(歩いても15分ほどのとこなので)行ってきました。が.....銀座に着きすぐに後悔。何故って、こっちは今日から仕事で平日な気分だったわけっすが、銀座の街はといえばとんでもなくお正月真っ最中。家族連れやら観光客やら連立ったお年寄りやらで、もう地べたが見えないほどの人、人。4丁目の角から松屋まで、まるで明治神宮か川崎大師の参道状態。半分ひるんだけれど、まあとにかく見ようと、気を取り直して会場へ。あっ、なんだ、入り口さほど混んでなさそうじゃん、と思ったのは甘かった。やっぱ、入ってみればぎゅうぎゅう。いやぁ、世の中こんなに風流人がいたんかいっ。あっぉ、風流人なら割込んだり人のこと押したりしないで、おばちゃん(−_−メ)!って、正月から取り乱しそうだったよ。
小堀遠州は、江戸時代の茶人。それまでの、「わび」とか不均衡を愛でるような高尚な通好みとは違う、シンプルな美しさの「綺麗さび」を創成。よってわかりやすく一般受けもするもんだから、こんなに混んじゃうんだよね。今回は、そんな彼の好んだ茶道具やら軸やら書やらが並び、彼の美的変遷をたどるというもの。彼は書家とか陶芸家というわけではなかったけど、まあ今で言えばアートの総合プロデューサー。だから、今回は写真でしか紹介されていないけど(持って来るわけに行かないから当たり前だが)、作庭家としての庭園こそ、彼のプロデューサーたる腕の見せ所だよね。でも、その総合宇宙としての庭園へといたる美のジグソーパズルのピースが、今回の展示品に散らばっているはず......なんだけど、まあそんなわけでゆっくり鑑賞なんかできようもなく、あぁ、いつかきっとと、ひとけの無い大徳寺や頼久寺のお庭(遠州の代表作)に思いを馳せるのでありました。

って、ほとんど展覧会の感想になって無くてすみません。ホントに、ほとんど観ることできなかったんだよヘ(´o`)ヘ。

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2008年1月 2日 (水)

今年もよろしくお願いします。

Around_3 (Around the World in 80Minutesリハーサル風景)

2008年、今年は例年以上にスゴイコトになりそうですよね(*o*)。
まず、世界の3大バレエが一挙来日、5月のパリオペラ座、7月にはABTと英国ロイヤルが。
6月には、ベジャール・バレエ・ローザンヌが、昨年なくなったベジャール氏の遺作『Around the World in 80 Minutes』の世界ツアーの一環で来日。芸術監督は、ジル・ロマンが継いだとか。 そして来月、オハッド・ナハリンのバットシェバ、ヤン・ファーブルと相次ぎ、続く3月にはピナ・バウシュ、ってもう、主だった大物の来日だけでも大賑わい!!
国内勢だって、もうすぐ世田パブという大きい小屋をどう料理するか興味津々Nibrollの新作はあるし、3月は康本雅子さん初の単独公演や、私の最近一押しのピンクとその仲間たちによるアゴラでの一週間ぶっ通しo(^-^)o。その前に、ピンクの磯島さんは、die pratzeの「ダンスがみたい新人シリーズ」に、須加さんは横浜ダンスコレクションRに参加、こちらも見逃せないよね。
楽しみです。忙しいです。で、心配です、お財布が(-_-;)......(欲しいコートがあるんだが.....今日からSALEなんだが.....)

ということで今年も、当拙ブログをよろしくお願いいたします。

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2007年12月31日 (月)

今年もありがとうございました。

今年観たもので、とくに印象深かったものを挙げてみます。
まず、ダンス、パフォーマンスでは、

アクラム・カーン/シディ・ラルビ・シェルカウイ 『ゼロ度 zero degrees』
1月12日~1月14日 彩の国さいたま芸術劇場
圧倒的です。いまだに鮮明です。身体表現の原点を感じさせてくれました。

大倉摩矢子『スプリング』
1月23日~1月24日  こまばアゴラ劇場
BUTOHの未来があります。早く次の公演やってください。夏に天狼星で観たけれど、やっぱ単独公演がいいな。

スペイン国立ダンスカンパニー ナチョ・ドゥアト「バッハへのオマージュ」
2月3日~4日 神奈川県民ホール大ホール
多くの人が今年のベストに挙げるんでしょうね。とってもオサレでした。

Cafe Live Series 2006 Vol.3 「アート・バーレスクの一夜」
2月10日  BankART Studio NYK 2F/ギャラリーB
一方、誰も選ばんだろうけど、楽しかったんだよぉ、とにかく。たかぎまゆのモチ・ダンスは二丁目行くと観れるらしいが.........

Nibroll  「no direction」
3月2日~4日 パナソニックセンター東京有明スタジオ
これ、いまんとこ、彼らの最高傑作と思います。年明け早々、新作があるが、どうか?

東京シティ・バレエ団meetsコンテンポラリーダンス
3月9日 ティアラこうとう
東京シティ・バレエ団が取り組んでいる、他分野の振付家とのコラボ。可憐なバレリーナたちが、鈴木ユキオのBUTOHで、地下駐車場のコンクリに倒れこんだり、あの健気さが焼きついてしまったので。

[true/本当のこと] Tsuyoshi Shirai×Takao Kawaguchi×Takayuki Fujimoto
12月14日~16日 横浜赤レンガ倉庫1号館 3階 ホール
年の瀬押し迫ってこれを観て、今年のベストランキングをあわてて書き直した批評家さんも、多数いると聞きます。ホントわかります。

映画では、

『恋人たちの失われた革命』 フィリップ・ガレル監督 2005年/フランス/182分
多くの人にはオススメしないけど、でも耐えて観た先に(まるで修行だな)、エライかっこいい光明が(ってホントか??)。

『狂った一頁』
衣笠の幻ともいえる作品が、世界初35mmオリジナルサイレント版復元フィルムでの上映!!誰に、感謝すればいい??

古典系では、

漆芸界の巨匠  人間国宝 松田権六の世界
  ~2月25日     東京国立近代美術館工芸館
展覧会では、あまり収穫が無かった一年ですが、唯一、あこがれの松田漆芸の世界が覗けてしびれました。

『西行桜』 能(金春流) シテ:高橋汎
4月26日  国立能楽堂
<場>と拮抗するコスモスを現出させる舞に酔いました。

志の輔らくご ひとり大劇場
9月11日~13日   国立劇場大劇場
ひとり『24』!!すごすぎ!!もちろん、正月もパルコ行きます。

そして演劇、

POTALIVE 駒場編vol.2「LOBBY」-3『燈(ともしび)』
2月3日~4日 駒場アゴラ劇場 周辺
ポタライブを体験できたのが、大収穫!!インスパイアされて、「tomoshibi」という詩までものしてしまったよ(結構気に入ってるんだけど)。そして何より、インスパイアしてくれた張本人、mikiさんという素敵な友達ができたのが、実は本年のベストワンだったりして(*^_^*)。

『やってきたゴドー』     作:別役 実  演出:末木利文
3月24日~31日   俳優座劇場
これに、きわまります。

それぞれ、当ブログの感想ページにリンクがはってあります。さらにそのページから、各公式HPなどにリンクしてありますので、ご参照ください。

あと、ブログには書いてこなかったけど、出版系での特筆事項を、

『フロイト全集』の刊行開始 全22巻+別館1 これまで著作集等は出てたけど、とにかくこれでいままで翻訳の無かった緒論など全貌が確認できるわけです。ラカン先生の「フロイトに帰れ」を胆に銘じ、もちろん即って予約、現在6巻まで配本で、次が楽しみ。ただ、悩みの種は、23巻もいったいどこに収納すればいいんだ!!??

池澤夏樹=個人編集『世界文学全集』の刊行開始 ドストエフスキーもトルストイも出てこない世界文学です。第1巻がケルアック!!クンデラやデュラスやが続き、何と、『アデン、アラビア』の新訳がラインナップされてて、これにやられちゃいました。大先生たちの編集委員会なんかじゃ、決して実現しない、夢のような冒険企画。ただね、こちらも全24巻、どこに置きゃいいんだ!!??

さて、

今年も、拙ブログにお立ち寄りいただきありがとうございました。
来年も、よろしくお願いいたしますm(_ _)m。

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2007年12月26日 (水)

BATIK トライアル (impression)

BATIK トライアル!! vol.5

12月26日  森下スタジオ

いやぁ、いつも作品観て面白かっただの、イマイチだっただの勝手なことほざかしてもらってるけど、あらためて黒田さんの作品創りの苦労が偲ばれたよ。
このトライアルは、主宰の黒田郁世の振り付けを離れて、BATIKのダンサー達自らが振付けて作品創ろうという試み。今回は5回目ということで、いつもより長めの20分ずつ2組が登場。とにかく熱演、一生懸命!でもね、それ以上ではないんだよね。やっぱ、発表会チックなんですよね。ステレオタイプなパターンを組み合わせてシークエンスを作ったり。一組目の二人は、つかみ合い風のムーブメントで笑いを取ってはいたけど、それもちょっと空回りに見えた。とにかく、熱さだけは伝わって来るんだが、それゆえに力みすぎか、本来持ってるはずの動きのキレも無く、ドタドタアセアセとしてるだけって感じ。みんな、幼少の頃からバレエ学んだりしてきた、テダレなのに。
で、そんな彼女たちのポテンシャルを最大に引き出して、クオリティのある作品に仕立て上げる、黒田さんの苦労に思い至ったわけなんです。もちろん、そんなことを客にさとらせるために、トライアルをやってるわけじゃないよね。会費500円といえども、お金を取って作品を見せるということ、創ることで見えてくること、ダンサー達にとっては、別の視点に立つ非常にいい訓練。それと、スタジオ助成の活用法としても、ひとつのモデルになるんじゃないかな。
BATIKは来年は海外ツアーで、日本での新作公演は2009年になってしまうとか。きっと、いろいろトライしてつかんで帰ってきてくれるはず。期待して待ちましょう。

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2007年12月23日 (日)

HARAJUKU PERFORMANCE + (impression)

HARAJUKU PERFORMANCE +

12月22日~23日 LAFORET MUSEUM

出演
宇治野宗輝×ASA-CHANG/contact Gonzo/Off Nibroll/ストロングマシン2号/五月女ケイ子×ボクデス/泉太郎×山賀ざくろ/康本雅子/ボクデス/男子はだまってなさいよ!/KELKINOKO/Chim↑Pom

おなじみ、宇治野「ザ・ローテーターズ」で幕を開けた、precogのパフォーマンス×アート祭り!今回、バナナシェークは飛び散らなかったけど、突入っす。contact Gonzoの「痛みの哲学」愛ある殴り合い、これぞボディコンタクトの究極ですけど、だったらホンキの喧嘩って、コンタクト・インプロビゼーションだったの?!で、横浜の観覧車を堕ちてゆく羊たちの叙情に染まる矢内原美邦ダンス。それから、驚異のヒップホップ・ランドセル小学生・ストロングマシン2号のキュートなポッピング。ウーン映像との掛け合いって、なんだかネタっぽいけど、最高なんだなボクデス。そして、康本さんキツネ(とっても可愛い!!)、ただただ初の単独公演、3月が待ち遠しいよぉ。正義の味方、キムジョンイルのあと、とりは、謎のスウェーデン・パフォーマーとキノコ、時期に相応しく大掃除のコラボっした。あ、あと前回渋谷センター街のピカちゅーネズミのChim!Pomは、カラス呼び寄せゴスロリ・エリイちゃん、コワい(><)!!。
昼の回を観たせいもあるかもしれないんだけど、「吾妻橋ダンスクロッシング」に比べて、客のノリがいまいちだった気も...もしかして、ビールが出なかったからか?!それって、私だけ??!今年もみんな、お疲れ様だったダンス!!

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2007年12月16日 (日)

true/本当のこと (impression)

[true/本当のこと]
Tsuyoshi Shirai×Takao Kawaguchi×Takayuki Fujimoto

12月14日~16日 横浜赤レンガ倉庫1号館 3階 ホール

True071 (画像はチラシからSCAN)

振付・出演:白井剛(AbsT/発条ト)
振付・テクスト・出演:川口隆夫(dumb type)
ディレクション・照明:藤本隆行(Refined Colors/dumb type)

コンポラの上質な大人のエンタメ!!
ステージに照明が点ると、何となく所在無げにたたずむ白井剛。下手奥には、大きめな書斎デスクに地球儀やら模型飛行機やらが載っている。しばらくして、白井剛はデスクの上の置かれたモノと戯れだすが、グラスを手に取ろうとすると突然轟音ノイズが.....それをきっかけとして、モノや体の動きに連動して、様々なノイズが耳を聾する。やがて真っ赤な合羽を羽織った川口隆夫が上手にくみ上げられたイントレの上に登場し、二人の絡みへと展開してゆく。
例えば、手を振ったりする動きに、そのまま音や照明が鳴ったり変化するというのは、序盤においては結構ベタな印象を与える(後で聞いたのだが、パフォーマーの腕などに電極が這わせてあって、その動きにLEDや音が即応するようになっているとのこと)。グラスを持つたびの大音響に、びっくりしたりというのは、ドタバタ喜劇の常套句っぽい。でも、それが進むうちに妙に気持ちよくなってゆく。そのスラップスティック的な可笑しみに、なんだか哀しみやエロスさえ滲み出す。もちろん、白井、川口のパフォーマンスあってのことだが、照明と音響が主役となって、「存在」を描出するという、未見の魔術に引きずり込まれたような気さえする。シルエットがくるくる回るシーンなど、まるでタイムトラベルのような目眩を催させ、現実か映像かすべての境界が溶け出した。
だが、照明と音響が主役だからこそ、そこに在るだけでアワレを醸す白井の佇まい、川口のソフィストケイトされた存在感が必須となる。
藤本と川口の携わった作品ということで、ここのとこ活動ご無沙汰のdumb typeの、ある種スピンアウトかとも思っていたが、とんでもない。コンポラというジャンルで、大人が楽しめる、高レベルで上質な作品と断言できる。これから、海外公演も予定されているようだが、ぜひとも日本の現代表現のレベルを見せ付けてきて欲しい。

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2007年12月11日 (火)

いつだって目は開けていたい (impression)

いつだって目は開けていたい

12月8日~9日 セッションハウス

構成・演出・振付:東野祥子
出演・振付:池田理枝、垣内友香里、ケンジル・ビエン、しゅうた、新宅一平、多田汐里、野口千明、東野祥子、PEE、樋口洋子、BUN666、宝栄美希、皆木正純、山本泰助、吉川千恵

いま注目の東野祥子の作品。といっても、彼女一人がつくったわけではなく、出演者全員が、タイトルから発想したピースをそれぞれ持ち寄って、それを再構成してひとつの世界にまとめあげたもの。
まず皆が持ち寄ったものを発表しあい、それをつなぎ合わせたり分解したりということを繰り返し、何度も手直ししたものに、音楽や照明をつけ最終的に東野が細部を演出して仕上げたとか。
でも、それが、けっして安易なひとつの物語に回収されたりせずに、いい意味でバラバラを残して、とてもアトラクティブなカオスを現出させてた。
かなりキャラの濃そうな出演者たちによる、その個性を裏切らない持ち味を生かしたクセのあるピースが、ステージのいたるところで繰り広げられる。マスターベーションのようなパフォーマンスをするもの、バレエのような二人の男、客席で笑い声を上げる女の子、やたらキレのあるムーブメントを見せるダンサーなどなど。そしてノイズや痙攣や混沌が渦を巻く。なんだかダンスパフォーマンスが、原初に持っていたであろう呪術供犠としてのエネルギーのことに、ふと思い至ったりもした。
そんな中、ファブリーズを体に吹きつけなすりつけながら、独白や客席への語りかけが入り混じった狂言回しとしての垣内友香里。彼女の熱演がカナメとしてよく機能したからこそ、バラバラのカオスでありながらひとつの作品として成立させていたように思う。
終盤、東野のダンスはいつものような眩むような動きは見られなかったものの、強度にみなぎり一身に混沌を引き受け束の間の夢が覚めるように静かな終局へと導いていった(でも、いつものあのクラクラするスピードも観たかったけど)。

もちろんこうした作品にありがちな、個々の技量や強度の差といったものは、隠しようも無かったけれど、ナマの<生>、管理されない<生>(=狂気)をこじあけるという意味において、魅力的な試みだった。

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2007年12月 8日 (土)

ブッダ・トウェルブ (impression)

BUDDHA 12 ブッダがみた12の風景

12月5日~9日 BankART1929ホール

Buddga12omote (画像はチラシをSCAN)

脚本・演出 キタムラアラタ(アンネフォール
出演者:サイリル・コラード(俳優・ミンダナオ舞踊)早乙女宏美(俳優・パフォーマンス)永野ゆーじ(俳優)アリ・アスギャリ(俳優)大西由希子(バリ舞踊)相良ゆみ(舞踏)
音楽:デワ・アリット(ガムラン演奏)デワ・スアルディカ(ガムラン演奏)大木裕之監督

ガンジスの辺から、寄辺無き星の果てまで、荘厳な旅にいざなわれました。
あるホールでたまたまチラシを見つけたのが丁度この公演の初日、あわててまだ予約可能か問い合わせた。どーしても観たくって。何故って、チラシに「実際の釈迦の生涯や仏教思想とは関係ありません。」って注意書きがあるんだもん。チラシにはお釈迦様の坐像、副題は「ブッダがみた12の風景」、なのに釈迦や仏教とは関係ないって!?ね、そそられるでしょ?
そして、サダキチ・ハートマン。幕末の長崎出島で日本人の母とドイツ人の父の間に生まれ、長じてアメリカにわたり、いまでもアメリカにおいて多くの人からリスペクトされるアーティスト。詩や美術評論、戯曲などその過激で先鋭的な作品で、アメリカの前衛藝術の始祖ともいわれ、つまりは、リチャード・フォアマンなんかの先祖だよね。『BUDDHA 12』は、その彼の前衛劇の傑作のひとつでありながら無理な舞台設定(100mの深さの奈落を用意しろとか)のため上演の難しい『ブッダ』をテキストとし、現代の解釈の下に甦らせたときては、ますます観たさがつのってしまいます。

お香のにおいの立ち込めるホール中央には、まるでファッションショーのランウエイのように絨毯による道が作られ、その両側に客席が設えてある。道の方端には楽器の置かれた座が設けられ、二人のガムラン奏者が創作音楽を奏で、舞台は始まる。その道の上を女性の引きずってきた青い布が覆うと、そこはガンジスの辺になり、あるいは旅人が行き交い、戦士が血を流す戦場となり、はたまた絨毯が丸めて立てられるとエンタシスの屹立する街路が出現するなど、見立てによるイマジネーションが、場面を創造してゆく。ブッダの顔らしきモニュメント以外、セットらしきセットは登場しない。ちょっと、ピーター・ブルック演出を思わせる。

『BUDDHA 12』は、ブッダのイメージを、12章のいわば精神の旅に仕立てた作品。とくにはっきりしたストーリーがあるわけではなく、セリフもさほど多くは無い。しかし、サダキチのテクストをほぼ生かしたそのセリフは、宇宙との交感を詠うような美しさをたたえている。上演不可能ながらもニューヨークを中心にその戯曲が愛されてきたのは、この詩の美しさによるのかもしれない。ガムラン楽器のふくよかな響き、舞踏家や異文化からの様々な出自の出演者、そしてその詩の朗々たる荘重さが、ガンジスからはるか宇宙の果つ終局=始原まで、一大オデッセイを魅せてくれました。

この後、12月15日、16日京都のART COMPLEX1928でも、公演があります。

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2007年12月 6日 (木)

バジル・ツイストのDogugaeshi (impression)

バジル・ツイストのDogugaeshi

Dogugaeshi_hed (画像はHPより転載)

演出・構成:バジル・ツイスト(Basil Twist)
音楽構成・演奏:田中悠美子

12月4日~5日   ランドマークホール

子供だましの見世物小屋のまやかしにひっかかってしまった気分。これが、NYベッシー賞貰ったんすか、本当に?
「異邦人の人形遣いバジル・ツイストが、日本の伝統芸能にささげたオマージュで、映像や視覚効果を駆使しながら、女流義太夫の三味線弾き現役第一人者田中悠美子とコラボで創り上げた舞台作品」という触れ込み、「特殊な舞台仕掛けの関係上、1回の公演は、約100人の入場者に限られる」に、思わず心動かされてしまったのだけど。
Dogugaeshiとは、「ふすまからくり」とも呼ばれる、人形芝居の日本古来の伝統技法「道具返し」のこと。舞台後方の書割を引き抜くと、場面が突然はるか彼方へ続く千畳敷の大広間に早変わりという、遠近法の錯視を利用した一種のケレン。といっても、当時から、文楽などの中央ではお目にかかることは無く、もっぱら縁日などの田舎興行の客寄せに用いられた。だから、見世物小屋的な胡散臭さであったとしても、あながち間違っちゃいないんだが。
それにしても、浅い。日本の伝統芸能に触発されたと、謳ってるにしちゃぁ、掘り下げがなってない。次々と現れる、日本をイメージした意匠なんかが、フジヤマ芸者レベル。まあ、だからこそ、アメリカなんかじゃ受けてベッシー賞貰っちゃったんだろうけど。
それと、本職である人形遣いが、まるでダメ。白狐だかファルコンだかハク龍みたいのが出てくるんだけど、ただくるくる動かしてるだけで、宿ってない。チェコの小学生の方が、もっと上手に人形操るぞ。
で、「道具返し」の珍しさばかりが主役になり、作品全体としても、表面的な奥行きの無い(「道具返し」の遠近感とは裏腹に)ただ仕掛けだけのものになってしまってる(バルトやボードリヤールは確かに、日本は表層の記号の国だとはいったが、その綾なすメクルメク多義多様の深みを知らばこそ)。
見世物に騙されるのも一興などと受け流せないよな、この木戸銭じゃ。

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2007年12月 4日 (火)

堂本印象美術館展 (impression)

堂本印象美術館展

12月9日まで  はけの森美術館

日本画家にして抽象画家、さらに陶芸や建築デザインまでもものにする多芸多才、さらに世界でも例を見ない生前に自らの手で自分の美術館を建ててしまうという奇才、堂本印象。なんか、ハンコ屋さんの屋号みたいだけど、アーティストです。家計のために西陣織の図案描きをやってたけど画家の夢捨て難く、28歳で第一回帝展に入選してから本格的な画業に。画壇の花形として正統的な日本画に取り組むも、戦後日本画家として初の渡欧で、キュビズムやら何やらの影響を被って、しかも自身それまでの古典的で柔らかな作風(私は、これも好きですが)に疑問を持ち始めてたのと重なったもんだから、当時70歳にならんとしてたのに、一気に抽象画(印象派じゃないっす)にハジケテしまったという、なんとも破天荒なオヤジ。でも、素敵です。

京都は衣笠、きぬかけの路に位置する京都府立堂本印象美術館(遺族により京都府に寄贈)。その所蔵の名品が、東京小金井のはけの森美術館にやってきてます。ただ、2000点に及ぶ収蔵作品のうち今回出展されているのは24点と、ちょっと寂しい気もしますが、でも、初期の正統日本画、過渡期、晩年の抽象画時代と3期に分けて展示されている作品は、選りすぐられ的を得た名品ばかり。かなり楽しめました。
正統な日本画といっても、なんだかディストーションがかかったような丸っこいパースペクティブの帝展入選作『深草』。そして、絹本や紙本に日本画の顔料で着色された後期抽象画は、迫力とともにとても雅やか。

まだ、本家には残念なことに行ったことないですが、写真で見る限り、金閣寺から仁和寺へと下るきぬかけの路に、本人デザインのガウディを髣髴とさせる壁面レリーフに彩られ異彩を放つ美術館に、いつか訪れてみたいです。あ、でも、武蔵野の田園の面影(実際、近隣は農園や鬱蒼たるお屋敷です)に佇む瀟洒な洋館を思わせる、はけの森美術館もなかなかでした。

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2007年11月26日 (月)

NibrollロメオORジュリエット公開リハーサル (report)

Nibroll 「ROMEO OR JULIET」公開リハーサル

11月24日~25日 BankART1929Yokohama1929 1Fホール

20071123_mg_6557s (画像はMikuni's blogより転載)

先日稽古を覗いたのに続いて、公開リハーサル・ワークインプログレス公演に行ってまいりました。ワークインプログレスといえば、制作途中を見せてくれるわけですが、えっこれってもはや本編じゃないのな1時間10分に及ぶ熱演でした。本公演(1月18日~20日)は、世田谷パブリックシアターという大きなステージのため、ダンサーも10人に増やし、とにかく今やってみたいこと全部盛り込んだら、結果長尺になっちゃったらしい。なのでコレからきっと本番に向け、ぎゅっと研ぎ澄まされてゆくのでしょう。前作“No Direction”で見せたスタイリッシュさに、ますます磨きかかってるみたいだし、新しいムーブメントもいっぱいだし、いつにもまして“ダンス”に力注いでるし、何よりミクニちゃんのヤンチャな目が輝いてるんで、本公演期待しちゃっていいみたいです! 

                                20071124_mg_6911ss 

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2007年11月25日 (日)

ベジャールの世紀

ベジャールを知らなかったら、私の洋舞との付き合い方は、きっと違ったものになってただろうな。土方に魅せられて、高校の頃は“BUTOH”系ばかり観ていた。もちろん小遣も限られてたので、興味はあっても来日物なんてもってのほか。それがもう少し大人になって、多少余裕が出来て、最初に観に行った舞踊の来日公演が、評判だけは聞いてた、ベジャールの「二十世紀バレエ団」。バレエなのに、変てこな動きするし、音楽もロックやフリーミュージック使ったり、もうその衝撃に秒殺状態。それ以来、ジョルジュ・ドンやショナ・ミルクの現役時代から、まだ若手だったエリック・ヴアンとか、もうそれは来日のたびに観に行った。
そして、ベジャールに洋舞のすごさを思い知らされ、それ以外のモダンはもちろん、クラシックにも興味を持つようになり、今の私とダンスのいろんな関わりに至ってるわけです。
ところでベジャールは、「20世紀はダンスの世紀」といったけど、第二次大戦後すぐの1945年マルセイユでデビューして以来、モダンバレエに君臨してきた彼は、その世紀を動かした張本人の一人。今、彼の死に際して、「ベジャールの世紀」でこそあったと言いたい。ほんとうに、ひとつの時代が終わってしまったんだな...。
22日死去、享年82歳。冥福をお祈りします。

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2007年11月22日 (木)

「ロミオ OR ジュリエット」公開稽古 (report)

Nibroll「ロミオ OR ジュリエット」公開稽古

11月19日~23日 17:00~19:00 BankART1929Yokohama1929 1Fホール

昨日夕刻、たまたま横浜みなとみらい近くで仕事の打合せがあり、早めに終わったのでその足で稽古を覗いてきました。1月に世田谷パブリックシアターで本公演が行われる、Nibrollの新作「ロミオ OR ジュリエット」。今からとっても楽しみ、ちょっとだけその世界を垣間見れた...と言いたいとこだけど、公開稽古とは言え、かなりの本気モード(って本公演控えて当たり前だよね)で、あるパートを細かく細かくチェックし、しつこくしつこく繰り返し、なもんで全体像など知る由も無い野次馬客には、何処の何のパートなのかわかるはずも無く、ただただヘトヘトで頑張ってるダンサーの皆さんに圧倒されるばかり。あの旧横浜銀行の建物に、ビリーズ・ブート・キャンプよりも恐ろしそうな矢内原美邦軍曹(ゴメンナサイ^^;)の「はい、もう一度!!」の声が響いてました。
でも、そのパートをみただけでも、斬新なムーブメントが盛り込まれてて、かなりな話題作になりそうな気配は充分!!期待して、待とうね!!

で、この公開稽古(無料)は、23日までで、そのあと24日25日には、下記のワークインプログレス公演があります。

■ Nibroll設立 10周年記念  公開リハーサル
 『ロミオORジュリエット』 ワークインプログレス公演

日時:11月24日(土)19:30開演
     11月25日(日)14:00開演
会場:BankART1929 / 1929ホール
料金:1,000円(ワンドリンク付)
詳しくは、http://www.bankart1929.com/whatsnew/index.html

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ハロルド学女スペシャル (impression)

学習院女子大学 感劇市場2007 参加特別企画
TOKYO ORANGE 2007
インプロヴィゼーショナルシアターシリーズDX
 ハロルド学女スペシャル

11月19日 学習院女子大学やわらぎホール

構成・演出/横山仁一
監修/絹川友梨(インプロ・ワークス)

キャスト
清水宏(石井光三オフィス)/今林久弥(双数姉妹)/佐藤拓之(双数姉妹)/辰巳智秋(ブラジル)/柏原直人
金崎敬江(bird's-eye view)/村井美樹/大塚竜也(SQUASH)/駒木根隆介(赤堤ビンケ)/阿部みゆき
絹川友梨(インプロ・ワークス)/金川周平/住友大気/黒川順子
即興ミュージシャン:長崎勉

ストーリーも台詞も演技も、その場の即興で展開するという、「インプロヴィゼーショナルシアター」。拝見するのは、始めて。とにかく即興でやるという以外の何の情報も持たずに臨んで、「インプロヴィゼーション」という言葉から何となく前衛的な感じもイメージしてたんだけど、そんな硬いものではなく、実験でありながらも今風のルーズさで笑って楽しめる舞台でした。
まず、開場と同時にスタッフから小さいアンケート用紙を渡され、思いついたシチュエーション、フレーズ、名前なんかを書くように言われる。回収されたアンケートは、「即興」の素材としてガンガン使われるとか。
で、2部構成の第1部が開幕。客席からもらったお題にしたがって、各役者がそれぞれお題にまつわるエピソードをモノローグする。一巡すると今度は、各エピソードで語られた話をヒントに、お芝居が展開されてゆく。たぶん、順番とかある程度の取り決めはあるんだろうけど、突然あらぬ方向に場面が変わったり、次の人に思いも拠らぬことが指示されたり、観客はおろか演者にも各人の思惑を離れて予想外の話が転がってゆく。なもんだから、台詞に詰まったり、アタフタしたり、役者さんたちのテンパリ具合が手に取るよう(美樹さんの、バレエさせられたり、いっぱいいっぱい振りが、カワイくて可笑しかったす)。そんな、ある種舞台裏的なところをも含めて、楽しむ舞台のようです。
休憩を挟んでの第2部は、先ほどの客から回収したアンケートを無作為に選び、シチュエーションや役名が決められ、要所要所の決め台詞も無作為のフレーズが使われる。5W1Hをバラバラにして、つなぎ合わせる、あの遊びの感覚に近いかも。だから、まったく場違いな台詞に、客席も爆笑状態。そうそう、意味をずらすシュルレアリスムの手法とも、似てる。それでもクライマックス、トッ散らかった話が何とかまとまり幕となりました。
で、観ながら自由と不自由の裏腹さなんかに、思い至りました。というのも、客からのお題以外にはほとんど自由に展開する1部の方がテンパリ具合が激しくて、アンケートという枠に縛られてる2部の方が、よりスムーズだったから。

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2007年11月12日 (月)

バーナード・リーチ (impression)

バーナード・リーチ -生活をつくる眼と手-

11月25日まで  松下電工 汐留ミュージアム

「民藝」をイギリス人の感性から解釈したその作品群は、日本的な繊細さとは違う、どっしりとした質量を感じさせる。が、そのたくましさとは裏腹に、やわらかな暖かさをも湛え、見入っていると、その器を取囲む、団欒の息吹さえもが目の前に浮かんでくる。
今展では、陶芸家としてばかりではなく、「生活」に資する造形家としての側面から、リーチを振り返っている。「用の美」を謳った柳宗悦の民藝運動に深く関った彼であれば、「生活」を抜きに語れないのは当然のこと。
だけど、使われることを目的としたまじめな美しさを求めながらも、彼の作品が無機質であったり野暮ったくなったりしないのは、常にその土地の土と風土に根ざした温度を持っているからだろうか。例えば彼がポッタリーを構えたセント・アイブスでは、畑から出土するスリップウェアの欠片から、イギリス民間陶器を再発見するなど、つねに土地にやどる歴史風土にその原点を求めていた。

ところで、リーチがその内装を手がけた彼の形見ともいえる、大阪リーガロイヤルホテルのリーチバーにも、いつか訪れてみたいものだなどと感慨に浸りながら展示を見ていたら、先年急逝した知人のことをも思い出し、少ししんみりしてしまった。リーチのファンである彼女は、リーチゆかりの窯の作品を扱う店を開いていたんだっけ。

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2007年11月 8日 (木)

おやつテーブル (impression)

ダンス企画 おやつテーブルvol.2
畳 delicacy デリカシーハデリシャスニツナガッテイル

11月6日~7日 目白庭園 赤鳥庵

振付・出演・構成:岡田智代、おださちこ、木村美那子まえだまなみ

よく趣向で興味をそそる演し物と言うのがある。中身の出来不出来は、置いといて。
中でもよくあるのが、通常の劇場ではなく、異質な場所や空間を舞台化するというヤツ。倉庫やオフィスのロビーや廃駅や...。

で、今回は日本庭園の池を望む数寄屋造りの和室、畳の上のパフォーマンスだと言う。それだけで、何やら怪しく妖しい感興をかきたてられるのに、さらに“おやつ”が振舞われると言う。“おやつ”!!、なんて郷愁と食い意地を刺激する響きなんだろう(*^_^*)。が、しかし、一抹の不安も。だってリーダーのまえだまなみさん、近頃期待の若手演劇評論家としてNHKの芸術劇場にも登場しちゃったりする華麗な人だが、その感性はけっこう不思議。だもんで、一体何が繰広げられるやら。もしかしたら、思いっきりハズしたりして(-_-;)...などと錯綜した思いを抱え赴きました。

ちょっと早く着きすぎたので、お庭を拝見。もう真っ暗だったけど、所々ライトアップされ木々や灯篭を水面に映す池の辺にしばし佇むと、風情も掻き立てられ、すでにまえださんの術中か。
やがて、受付を済ませると、首から掛ける特製おやつ容れに入ったお菓子と、あの駅弁には欠かせない懐かしいポリ容器のお茶が渡される。おやつ容れ(千代紙製)を首にかけ、片手にお茶を持ち、誘導された座敷に敷き詰められた座布団に腰をおろすと、畳の匂いに取囲まれる。もうすっかり、世界にハマッテしまうしかないでしょな感じ ( でも、受付の吉福さん、音響を手伝ってる垣内さんを見かけると、なんだか知合いのおうちに遊びに来た気もしたりして )。

そしてそして始まったのは、着物を着たXガール4人の、もうトビキリ奇しいパフォーマンス。スパイ映画のタイトル音楽やシャンソンや和に洋に入り乱れ、畳の上で時に澄まし時に飛び跳ね、取留めがあるんだか無いんだか。全体に漂う膝カックンな脱力系の気分に浸りながらも、床の間と塗りの違い棚の前での、領域ぶっちぎり的なパフォーマンスを観るうちに、「これってもしかしたら、時空を歪ませる一大実験かも!!」なんてよぎったりもして( ホントか??)(゜▽゜@)。だって、ブリジット・フォンテーヌの「ラジオのように」がかかる中、スワッ一大事っとばかりにタスキをかけて着物をたくし上げたかと思うと、畳の上にバタッと倒れこみ、離れた場所に置かれた雑巾を両手をあらん限り広げ身をよじって手繰ろうとするって、ただ雑巾がけしたかっただけなのね(オイオイ、どこが一大事!)な、短編14プログラムが1時間続くんだもの。でも、おかげで、当初の不安はまったくなくなり、すっかりその世界に遊んじゃいました。けっして趣向に溺れることなく、中身も面白かったぁ!

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2007年11月 5日 (月)

友枝会 (impression)

友枝会 喜多流

能 巴(修羅物 二場) シテ:友枝雄人
能 山姥(切能物 二場) シテ:友枝昭世

11月4日 国立能楽堂

今回は、国立能楽堂企画ではなく、友枝会の公演。いま、能楽の世界では、梅若六郎と並んでチケットの最も入手しにくい友枝昭世が、名人といわれたお父上より引き継がれて主催されている会ですね。甥で後継でもある雄人と二人でシテをつとめ、二演目が披露されました。

まず「巴」。『平家物語』に典拠を持つ、木曾義仲と巴御前を題材とした曲です。弔いをする僧のもとへ、後シテの武装した巴御前が現れ、義仲の最後について語るというもの。修羅物のなかで唯一女性を主人公とする作品です。
長刀を肩にした後シテの登場は、悲壮感と勇壮さがあいまって、実にカッコイイ。しかし、今回雄人の巴御前は、武者の勇ましさと言うよりも、義仲の死を嘆く貞節で優しい巴といった趣。それゆえにか、メリハリの少ない弱い印象を受けた。難曲にやや手子ずったか。

一方の山姥。一説に世阿弥の作といわれている。都に山姥の舞で評判をとった遊女がいたが、善光寺参詣のため共の者たちと一緒に越後の国境に差し掛かる。とそこへ本物の山姥が現れるという話。なんといっても、見せ場はシテである山姥の舞う曲舞。脂の乗り切った友枝昭世の曲舞に、文句のつけようのあるはずは無く、鹿背杖を扇に持替え差込の瞬間から場が張り詰め、時間がたち終わってしまうのが恨めしく思えたほど。
あと、柿原崇志の大鼓が、場内の空気を凛と鳴らして、ハートもビリビリ共鳴しました。

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2007年11月 3日 (土)

BABY-Q (impression)

BABY-Q “GEEEEEk”

11月2日~4日  森下スタジオ

0170 (画像はチラシをSCAN)

面白かったんだけど、ちょっと物足りなさも。これは、昨年10月シアタートラムのダンスセレクション2006で披露された20分バージョンを本編として完成させた作品だけど、伸びた分薄まった感が...。トラムでの奔放さが、作品としての完成度・調和性を意識しすぎたのか、ややおとなしくまとまってしまった様な。でも、それも東野ならもっと出来るはず、と私が過剰に期待しすぎている所為かも。でもね、東野祥子のあの眩むようなダンス見せつけられたら、誰だって期待過剰になると思うよ。今回も、彼女のダンスは、スゴイ、クラクラ!!クネクネもカクカクも、奔流機械と化す!!いったい何処から繰り出されてくるのか、他のプロのダンサーたちにも捉え難いといわれるほどの、速射の手足!!でも、だからこそ、彼女のそのダンスの次元と、作品の完成度のレベルの距離が、どうしたって気になってしまう。死や性の外傷や不毛や、そうした登記がステレオタイプな妄想に落ち着いてしまっていて、たぶん試みているのであろう分子の流動状への再編には成功したとは言いがたい。けれど、達しないことこそが、欲望=挑戦でもあるけどね。ああ、もう早くも次が観たい、我々も欲望と化します。

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2007年10月29日 (月)

シュルレアリスムと美術 (impression)

シュルレアリスムと美術 -イメージとリアリティーをめぐって-

12月9日まで  横浜美術館

地元横浜でシュルレアリスムの展覧会をやってるとあっては、行かないわけにはいかない。けど、予想はしてたことではあるが、さして新しい作品との出会いも発見もありませんでした。入門編のお勉強としては、いいかもしれないけど。
今回は、宇都宮美術館、豊田市美術館と巡回してきた美術館の収蔵品が中心になっている。宇都宮のマグリットの「大家族」とか有名(ちゃんと出展されてました)なように、印象派ほどではないとは言え、けっこうシュルレアリスム美術も人気の高い日本には、収蔵されている作品も数多い。よって、シュルレアリスムのコレクションで名高い国内3美術館が共同で企画した今展は、コスト等に悩む美術館運営にとっては、なかなかのアイデア。でも、それゆえにこそ、もう一歩、突っ込んだ展開が欲しかった。奈良美智ややなぎみわなんて現代作家を、系譜上に並べたのは、目新しくはあるが、現代作家がシュルレアリスムの影響を被っているなんて言うのは、当たり前っちゃ当たり前だしね。

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2007年10月25日 (木)

芹沢銈介の造形 (impression)

芹沢銈介の造形 色と模様

12月26日まで  菊池寛実記念 智美術館

Leafleta (画像はWEBから転載)

自分が大好きだからと言うのもあるが、芹沢の展覧会とかがあるたびに、人に勧めてしまう。なかでも、グラフィック・デザイナーとかデザイン関係の人には強力に。だって、今回サブタイトルにもなっているその“色と模様”に、刺激されないはずは無いもの。たしかに、いまのCG的な鋭利なデザインとは、一見遠いようにも見えるけど、その色使いの斬新さ、色の組合せの妙は、ちっとも古さを感じさせない。デザインとかアートとかにアンテナを持っている人なら、きっと好きになってくれると思う。彼の描いた“いろは”なんか見たら、あんなフォントが欲しいと思うに違いない。
沖縄の伝統に触発され、民藝運動にも共鳴したりした所為もあって、素朴でまろやかさが身上だけど、でも、その独特な赤や青が、生地や和紙の素材の上で、まるで踊るように躍動的でもある。
本当は、着物や暖簾など、織物に染色した作品が、時を経てちょっと褪せ風合いを増した感じが最高なんだけど、今回はそうした着物なんかの出展が少ないのがやや不満。けれど、図案や肉筆スケッチなど興味深いものも多く観られるので、行く価値あります。

          Topsignboard

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2007年10月22日 (月)

サウスバウンド (impression)

サウスバウンド 2007年/日本
監督:森田芳光

0169 (画像はプログラムをSCAN)

ポッカリと日溜りの薫りのする、そんな大人のファンタジー!!
プライベートで映画館に出向くの、なんか久しぶりだナァ。映画を扱う仕事しだしてから、かえって自分では観に行かなくなってしまって。でも、いい映画を映画館で観るって、やっぱいいよね。
南先生役で出演してる村井さんのファンだし、森田監督の新作だし、新しく出来た「シネカノン有楽町2丁目」もチェックしたいし、で、ほんと行ってよかったよ。

かつて、全共闘時代に活動家だった夫婦とその子供たちを巡るお話。

ところで、学園紛争が華々しかった当時、子供の私は新宿の近くに住んでたもんだから、しょっちゅうヘルメットかぶった学生さんと、機動隊のもみ合いを間近にしてた。あの頃、判官贔屓の庶民たちはけっこう学生さんの味方だったと思うが、私もコドモながらにシンパだった。だって、悪い権力に立ち向かうヒーローに見えたもの。小学校の卒業の寄せ書きに「学生運動家になりたい!」って書いた記憶がある(さぞや先生たちは、頭痛かっただろうな ^ ^; )。けれど、社会は変わらなかった。あこがれの学生さんたちは、革命戦士から何事も無かったように企業戦士へと転身...。変わったのは、歩道の敷石だけ(投石用に学生が敷石を剥がしたので、アスファルトで塗り固められてしまった)で、社会の方は言うまでも無く、良くなるどころかもっともっとインチキなものになってしまった。

そんなことを思い出しながら、この映画観たものだから、末の女の子が「うちのお父さんは元過激派でアナーキストなの」と誇らしげに宣言するシーンに、なんかジーンとしてしまった。おもえば、このお父さんのように純粋に不正を憎んで活動していた人たちは、当時どれほどいたんだろうか。そんな人たちばかりだったら、あの様な党派同士の内紛とかつまらない事件(この映画の中でもお母さんが、かつて内輪もめに巻き込まれたみたいだけど)は起こらずに、もうちょっとマシな別の世の中があったかも。

でもねだからこそ、この映画は、どこまで行ってもオトギ話でしかない。反対に言えば、郷愁のユートピアなオトギ話として、とってもキュートに映るというのは、私たちがインチキでオカシな現実(パイパティローマは遥かに遠い)に生きているからだろう。
けど、ちっとも深刻でなく、ポッカリと明るい日向のような映画です。
「そんなバカな」的なありえなさも許せちゃう魅力が、不思議な間や、気持ちのいいフワフワ感に満ちている。ちょっとウザイけど素敵なお父さん、それを徹底的に支持するお母さん、お父さんをウザク思いつつも共感しちゃうカワイイ子供たち、もちろん、ちょっとズレてるけどとても善良な南先生も、みんな好演です。なかでも、家族とは距離を置きつつ冷めているようで、実は熱い長女を演っている北川景子さん(テレ朝「モップガール」主演中)が、よかったな。

それから特筆したいのが、撮影の沖村志宏氏。にっかつ撮影所に入社し、前田米蔵作品や森田監督『(ハル)』『海猫』の撮影助手をつとめ、今回が初撮影とか。いまや若手では貴重な撮影所育ちとあってか、その奇をてらわないオーソドックスな安定感ある画が好感持てました。

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2007年10月 3日 (水)

『談』公開対談 (impression)

対談 いかにして消尽したものになるか……死の贈与と生の贈与

パネリスト
澤野雅樹氏 明治学院大学社会学部教授
萱野稔人氏 津田塾大学国際関係学科准教授
『談』no.80 特集「「無意味の意味/非-知の知」〈07年11月末発行に収録予定〉

10月2日  サウンド・イメージ研究所ラボ・カフェ・ズミ

『不毛論ーー役に立つことのみじめさ』(青土社)の澤野氏と『国家とはなにか』(以文社)の萱野氏の対談がありました。これは、雑誌『談』の次号に収録されるために行われたもので、公開で行われるのははじめてとのこと。
人は何故、「意味」に血道をあげてしまうのか。いまのヒステリックな世の中(よってたかって、沢尻エリカを謝らせなければ気がすまないような)は、どうなの?
人は他者からの承認を得て、自己の存在の安寧や確認しているんだけど(これは「人間」という症候上逃れようが無いよね)、いまその承認をめぐって、「私ではなく何故あの人が」「本当は私のものだったはずの承認を、他人が持っていってしまっている(何で私でなくて、沢尻ばかりがチヤホヤされるの)」とかいう、ルサンチマンだらけの状況になってしまってる。だから、ちょっとしたことで、ヒステリックに他人攻撃にはしってしまうのでは。
そんな状況に対し、「意味=有用性」の極北に立ち「寄る辺なさ」「支えなさ」に耐えうる術は無いのか?
などなど、さらに話題は、ドゥルーズからルジャンドル、マートンの論じた相対的剥奪とかにも及んで、約2時間、お二人とも飄々と論じながら、でもとても熱い対談でした。
続きは、ぜひ『談』(11月末発行)でね。

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2007年9月25日 (火)

邦楽彩りキャンバス (impression)

和楽器オーケストラあいおい 「邦楽彩りキャンバス」

9月23日 国立能楽堂

なんか、なごむよね、和楽器の響きと音程と。一昨日、能を観に国立能楽堂に来たばかりだけど、また趣が変わって、やわらいだ休日の午後のひととき、なんて贅沢してしまった。
尺八、筝、三絃など、東京藝大邦楽科卒業生を中心に活動している「あいおい」。この日は、2部に分かれての公演。1部では、三絃と囃子による地唄の「石橋」、能の謡曲を筝曲に移した「竹生島」の古典。演奏はもちろんだけど、日舞も披露されて、眼にもはなやぎました。
2部は、国立能楽堂始まって以来初のヴァイオリンと尺八のコラボや、筝を使った現代音楽など現代曲が披露されました。ヴァイオリンのピッチが、能楽堂にとてもマッチし(たぶん、謡の甲高い声と似てるかも)、8本の尺八もまるでリコーダーのようで、こんなに厳かに響いいたりするんですね尺八。
でも、なかでも印象的だったのが、筝曲家、作曲家の故沢井忠夫の「焔」。ダルシマーのように、ミュートさせた筝の絃をばちでたたいたり、筝の胴自体をたたいたりする、その筝の胴鳴りが能の舞台鳴りにみごとに共鳴したんです。能舞台の下の地面には、シテの足踏みやらが反響し余韻を残すように、甕がいくつも埋め込まれているんだけど、それが、はっきり「ああ、舞台が共鳴してる」とわかるぐらい、もうサスティナブルで・・・。豊かな倍音に抱かれての至福の体験でした。

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2007年9月23日 (日)

謝肉祭 (impression)

謝肉祭

9月22日 StudioGOO

振付・出演:越博美  『庭と木苺、私の屍体』
           磯島未来 『Matilda』
           梅崎礼  『Song for・・・』
           斉藤麻里子『ヨシ子遊戯』

別々のダンスを歩んできた、同世代の4人が、それぞれ作品を持ち寄っての宴。

紗に包まれた体、壁に凭せるように突き出した脚。やがて、しなやかに身体を撓めたりそらせたりしながら、世界を描く。どこか、舞踏とバレエを融合したような、たおやかさをもった四肢の動き。越さんは、ムーブメントよりもシェイプの美しさで魅せてくれます。

黒いワンピ、黒い靴下、手には花を持って登場した磯島さん。小学校の教室にあったような木の椅子、その不安定な上に立ち上がり、アラベスクのように脚を後ろに上げたまま片足で向きを変えたり。プニプニと可愛いだけじゃないです(ゴメン)磯島さん、しっかりテクニックしてます。手を差し上げたり前へ差し出したりする一連のムーブメント、好きです。で、トム・ウエイツのワルツィング・マチルダをバックに、頭から椅子をズリズリと落下してゆくのが、どこか退廃を醸して印象的でした。

ミニマルで、ヒーリングっぽい音楽にのり、たゆたう様に身体を揺らす梅崎さん。モダンダンス的かと思っていると後半、民俗音楽の歌唱がかかると俄然、悠久を内包したダイナミックさがほとばしる。

こちら向きに前にかがみこんでいたのが、一瞬の暗転で向きが変わりこちらに向いたお尻の下か手が突き出てたのが、すごい可笑しかったんだけど、誰も笑わないので、ぐっとこらえてました。奇態がプログラムされた自動人形のようであり、飄々淡々と踊っているようであり、なんか憑依してるようでもあり、その妙なバランスがとってもいいです斉藤さんは。

次回の「謝肉祭」公演は、3月25日~26日 こまばアゴラ劇場

お待たせ、ピンクも日程決定 3月28日~30日 こまばアゴラ劇場

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青ノ鳥 (impression)

ミクニヤナイハラプロジェクトvol.3 『青の鳥』

9月21日~24日 吉祥寺シアター

Aonotori (画像はチラシをSCAN)

洪水あるいは機銃掃射のごとく襲い掛かる言葉の暴走。エスカレートすればするほど、ただすれ違う不可能性だけがアラワになる。非建設的な徒労とも思われる作業だが、実はこれこそ私たちの日常を司る、言葉というシステムに他ならない。矢内原美邦は確信的に、その言葉に宿る精神過程を限界ギリギリまで圧縮して見せる。すると、パフォーマンスや音楽をも伴って、臨界点に達した言葉は、その恣意性を露見し、情報量は剥落し、シンタグムもパラディグムも溶解し、ただの音素へと還元される。やがて、轟く音素の果てに、未然、回収されないままの裸の価値(未視感ジャメヴュ)がたち現れる。未視であるからこその郷愁。
それは、インプロージョン=爆縮・内破のミクスチュア・シアター!!
呑み込まれてみないと、達することは出来ないよ。

なんとか、今月締め切り分の仕事の原稿にメドが付き(すぐまた次の〆切が来ちゃうけどね)、今週末は鑑賞三昧っす。で、いきなり、これだもん、クラクラす。

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2007年9月22日 (土)

阿漕 (impression)

阿漕 能(観世流)

シテ:片山慶次郎 ワキ:宝生閑

9月21日 国立能楽堂

久しぶりの能だったので、お調べが聴こえ出すともうそれだけで、ワクワクドキドキ。だって、まずワキが、あの宝生閑、下掛宝生流(ワキ方宝生流)宗家の人間国宝。シテの片山慶次郎は、お父上が8世片山家当主故片山博通で、お母さんが、京舞の至宝と謳われた井上流4世家元故井上八千代さん。そして、曲が「鵜飼」「善知鳥」と並び、「三卑賤」と称される執心物の代表曲のひとつ。
シテの装束は、老漁師ということで熨斗目に水衣と目を喜ばす派手さは無いけれど、渋い感じがいいです。後シテの面「痩男」の陰惨な翳りもぞくっとします。動くはずの無い面が、恨みと苦しみで歪むのがスゴイ。立回りでの抑制された足拍子が、かえって阿漕の性や業を響かせていました。
宝生閑の声の伸びも、いつにも増して艶やかで、「阿漕が浦に引く網も度重なれば顕はれにけり」の古歌が沁みます。神や霊の出現に用いる、「出端」の大小太鼓の囃子と笛の高域で擦れるあしらいも、執心の苦しみを予感させてたまりませんでした。

阿漕(あこぎ)
阿漕が浦に着いた旅僧は土地の謂れを老人から聞く。老人は、この地で密漁の罪により殺された阿漕のことを弔ってくれと頼み消え失せる。その夜、読経している僧の前に阿漕の亡霊が現れ、地獄の苦しみの有様を凄絶に物語る。観世‐四番物、9月。

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2007年9月17日 (月)

これから観に行きます。Vol.10 (information)

ここのところ何やかやで、予定が立ちにくかったので、この「これから観に行きます。」ちょっとご無沙汰してましたが、せっかく季節は鑑賞の秋(ここのとこ残暑ぶり返してますが)。がんばって仕事を何とかヤリクリつけて、観にいきます!

阿漕(あこぎ) 片山慶次郎(観世流)

9月21日  国立能楽堂

御能も二ヶ月ぶりです。しかもポピュラーな秋の名曲。「そんな、あこぎな!」の「あこぎ」の語源ともなった伊勢の阿漕ヶ浦を舞台とする伝説が、世阿弥の手になる能楽へ。興奮します。

ミクニヤナイハラプロジェクトvol.3 『青の鳥』

9月21日~24日 吉祥寺シアター

ニブロールの矢内原さんの演劇プロジェクト。演劇ってったって、ミクニちゃんのこと、ただの芝居で終わるはずありません。どんな言葉やパフォーマンスが繰り出されるか、現場検証!!

謝肉祭

9月22日 StudioGOO

先日のアゴラ、黒沢美香&ダンサーズの公演での印象もまだまだ鮮烈な斉藤さん、ピンクの磯島さん。きっとまた魅せてくれるはず。この日、私は前記『青の鳥』との二本立てなんすが、アタマ眩まないようにしなきゃね。

邦楽彩りキャンバス

9月23日 国立能楽堂

東京藝大邦楽科の優秀な卒業生たちによる「和楽器オーケストラ あいおい」のコンサート。山田流も生田流も都山流も琴古流も入り乱れ、自然音階の倍音の世界を堪能します。

一柳慧演奏会3 音楽と詩の饗宴

9月23日 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)

お世話になっている辻井喬さんの詩の朗読共演に駆けつけます。二日続きでこの日も二本立て。邦楽と現代音楽、アタマどころか一体何処が眩むやら。

指輪ホテル 『EXCHANGE』

10月4日~10月7日 theatreiwato

この間のトークショーで、Tシャツをいただいたから行く訳ではありません。だって、気になるでしょやっぱ。川口隆夫が指輪とどう絡むのか、ね!!

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2007年9月14日 (金)

立川志の輔 ひとり大劇場 (impression)

志の輔らくご ひとり大劇場

9月11日~13日   国立劇場大劇場

Fpd02shi02 (画像はWEBから転載)

志の輔師匠、初の国立劇場、しかも大劇場。その客席数1600が、三日とも売切れの超満員!
回り舞台で高座が現れるって、初めて見たよ。
「国立の舞台でこんなこと言ってていいの?」と自ら憚りながらも、いつものように鋭く世相にツッコミ。そして、休憩を挟みながらも予定を大幅オーバー3時間近くにわたって、たっぷり三席を熱演、ほんとうに心底堪能させてくれました。
一席目は、「バールのようなもの」。清水義範の短編をもとに、志の輔さんが落語化したもの。一体「バールのようなもの」は、バールなのか違うのか?
舞台が回って、松永鉄九郎社中が現れてお囃子の演奏、さらに回って、
二席目は、古典「八五郎出世」。確か上方落語が原典(映画「寅さん」シリーズの元ネタになった)だと思うけど、オチがアレンジされてます。途中、お城に招かれた八五郎の、親思い妹思いの心情には、涙がぼろぼろ出てしまって、それでもって笑わされるものだから顔グチャグチャ、休憩で客電付くのが恥ずかしかったっす。
休憩終わっていよいよ三席目。「最近、アメリカのサスペンス『24』にはまってしまって」というフリがあり、「円朝全集の中に『清談月の鑑』という話しがあるんだが、演られた記録が一切無い。それもそのはず、全然面白くない、かの円朝といえども、駄作があったらしい。」という話へ。そして「今宵、今回限りの実験としてその『清談月の鑑』を、志の輔流に演ってみる。」ということで、本編へ。
で、コレがすごい。なにがって、円朝の原典の筋書きをもとに、複数のお話が同時進行し、最後に一本につながるという一大サスペンス、つまりひとり『24』!!
浪人と娘の経緯、小間物屋の夫婦の事件、家老と家来の話・・・なんかがその巧みな話術でたったひとりで語り分けられてゆく。鳥肌たちました。
泣いたり、笑ったり、鳥肌たったり、忙しくも楽しく大満喫でした。

志の輔師匠作の新作落語が映画化!!

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2007年9月10日 (月)

Aki LUMI (impression)

Aki LUMI(アキ・ルミ)作品展 「Traceryscape」

9月25日まで ZEIT-FOTO SALON

0003 (画像はWEBより転載)

モノ・クロームの街の風景写真の表面に引掻き傷のように引かれた線、ソラリゼーションのように浮かぶ昆虫の羽根。
何が写っているのかさえ判別できないほどの霞のようなソフトフォーカスの前作カラー作品。
どれもが、被写体は極端に奥行きを失っている。
実は私たちとモノとの距離の間には、意識することのできないイマジナルなスクリーンが横たわっていること、外界は内界のリフレクトとしてしか見ることができないということに気付かされ、だがそれさえもが私のリフレクトでしかない、という果てのないアポリアに呆然となる。
あるいは、不可視のモナドを写し撮ろうという、虚しくも愛おしい試みなのか。

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2007年9月 8日 (土)

ダンス・スタディーズ研究会HP開設 (information)

私も会員として参加している「ダンス・スタディーズ研究会(Dance Studies Research Group)」の公式ホームページが立上りました。

ダンス・スタディーズ研究会とは、
ダンス研究、ダンス批評、ダンス実践、ダンス教育、及びダンス、舞踊、身体表現に関わる諸分野の研究者、批評家、ジャーナリスト、パフォーマー、教育者等がジャンルや職種を超えて集い、研究交流、情報交換を行う研究会。会員やゲストによる研究発表、舞踊批評塾などを定期的に開催しています。
これまで開催された研究会の概要なども掲出されていますので、ご興味のある方はアクセスしてみてください。

「ダンス・スタディーズ研究会」HP
http://www.dance-studies.com/

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※PR TIMESからの情報提供です。

日比谷花壇が運営するオンラインショッピングサイト『hibiyakadan.com』は、
2007年9月17日の
敬老の日 に向けたオリジナル商品
「花セラピーで選ぶフラワーギフト」の販売を開始しました。

http://www.hibiyakadan.com/gift/

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2007年9月 3日 (月)

POTALIVE 間隙 (impression)

POTALIVE駒場編vol.2『LOBBY』
間隙 かんげき

9月2日 駒場アゴラ周辺

作・振付・出演:神村恵(ダンサー・コレオグラファー/神村恵カンパニー主宰)
出演:岸井大輔(劇作家/POTALIVE主宰)

いま注目の振付家・ダンサーの神村さんの作品。思えば、私がPOTALIVEに出会うきっかけは、神村さんです。人から勧められて観に行ったのが、前回アゴラ冬のサミットでの神村さんの『山脈』。その折、同時に『LOBBY』が開かれていて、せっかくだからと観たのが村井美樹作『燈』で、それ以来ハマッちゃったというわけ。なので、その神村さんのPOTALIVEとあって、私の中でなんか繋がった感じ。
路地裏のせま~いところをぞろぞろ歩き、通れるかどうかの柵の隙間をくぐったり、お客さんの何人かは後に続いて潜るのだけど、ただ狭い場所を潜るだけの動作も、身体訓練をつんだダンサーとそうでない人間とでは、身体の入れ方とかずいぶん違ってるんだなぁー。面白い。神村さんが傘をさしたら、我々も受付で手渡されたビニール傘をさすのがルールなんだけど、うす曇の中みんなで、傘を差して歩く、淡島通り・・・。道端にしゃがんで話し込んでたおばあちゃん達に訝しがられたり、毎回ほんと刺激的ですPOTALIVE。そうそう、岸井さんの全力疾走も見ものだった。
そのあと、ちょうど楽日だったので、打上に誘われ、参加しちゃいました。ひと月にわたった『LOBBY』の出演者みんなや、ワークショップの参加者、お客さんも加わっての楽しい宴でした。

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2007年8月31日 (金)

真夏のガールズトーク (report)

Monthly ArtCafe 『真夏のガールズトークmikuni×shirotama』
矢内原美邦nibroll)×羊屋白玉指輪ホテル

8月29日  急な坂スタジオ

070829

6月に発って以来、ほぼ2ヶ月にわたるNYでのレジデンス制作を終えて帰国した美邦ちゃん、久々です。というか、常に飛び回っている人ゆえ、会うときはいつも久しぶりなんですが。で、今回は彼女が敬愛する白玉さんとのトークショー、盛り上がりました。本人が、一番楽しかったと言ってます(ブログで確かめよう)。
でも、女の子同士の取留めない話に終始するのかと思ってたら(それはそれで聞きたくもあったが)、やっぱ今をときめくアーティスト同士、創作の苦労だとか、NYのアート状況とか(多くの人が言ってるけど、いまNYは刺激に乏しいらしいね、やっぱ)、いろいろ話してくれました。
トーク後の質疑は、なんと賞品付き(^-^)、二人の独断でいい質問者には賞品が。で、私恥ずかしながら、「これまで女性ばかりの活動を行ってきた指輪が、何故、次回作で川口隆夫を起用するのか?」と質問したところ、高評価をいただき、Tシャツをゲットしちゃったよ。
で、どういう答だったか・・・は、ここでは内緒。次回作『EXCHANGE』を観て、みんなで考えよう。
美邦ちゃんも、ミクニヤナイハラプロジェクト『青ノ鳥』がすぐ控えてるし、その後オフニブロール、年明け世田パブでのニブロール新作公演を終えてから、一休みとか言ってたけど、あの人、ホントにお休みなんかできるんかねぇ?

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2007年8月28日 (火)

POTALIVE 燈ともしび (impression)

POTALIVE駒場編vol.2『LOBBY』
ともしび

8月25日 駒場アゴラ周辺

作・演出・案内 村井美樹
出演 愛川武博 青山るりこ 家所辰顕 垣内友香里 重森一

2月に観た?歩いた?『 燈-ともしび-』の再演です。基本のお話は一緒ながら、出演者も増え、バージョンアップ。前回は真冬だったけど、今回はうだる夏(多少秋めいたとは言え)の宵のひととき。今回は友人のd.k.氏も同行です。
駒場の商店街は、ちょうど縁日の時期、ふるさと京都の思い出の地蔵盆がダブって村井さんが語りだすその顛末は...。終盤、蝋燭の揺らめく路地裏を、青年の手招きでさまよい、街灯に浮かび上がるように獅子舞が現れたり。
2月の凍て付く黄昏時の切なさも良かったけど、この「夏の世の夢」な幻しもなかなか。もちろん今回も「星めぐりの歌」が聞けたし、浴衣姿のとっても似合う、村井さんホントにキュート(*^^*)。
どこかに仕舞って忘れたままの、遠い夏の夜の香りが、ふと記憶の繊毛を掠めたような一夜でした。

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2007年8月23日 (木)

ルドンの黒 (impression)

ルドンの黒 Les noirs de Redon

8月26日まで  Bunkamuraザ・ミュージアム

Pic_top (画像は公式サイトから転載)

ルドンの絵を見るといつも、スクリャービンの音楽が思い浮かんでしまう。それは、たぶん19世紀末から20世紀初頭という同世代に活動し、ロマン派から神秘主義、象徴主義への傾倒といった、志向も重なるからなんだろう。といっても、ルドン後期の極彩色の絵を見るときに限られる。それが、スクリャービンのまるで音のパレットのような音色の和声をよみがえらせるから。

ルドンの作風は、大きく2期に分けられる。後期は、パステルや油彩を駆使し、色の曼荼羅を編み上げた。巨人族のキュクロプスやアポロンの馬車を描いた作品が有名だよねぇ。各種画集を見てみても、ほとんどがこの時期の作品で占められてる。その色彩はカラフルでありながらも、どこか枯れてて、焼き物の釉薬の景色なんかを思い起こさせたりもする。そこが、日本人の好むところなんだろうね。

ところが彼は、「黒」の作家としても有名。前期には、黒一色のエッチングやリトばかり創っていた。しかも、ゴーギャンやユイスマンスらは、この「黒」時代にやられたとか。でも、日本では後期作品ばかりが取上げられて来たから、今回の「黒」に焦点を当てこれだけの数をそろえた展覧会は、たぶんはじめて。

でもこの「黒」が、雄弁にかたるんだよね。ハイキーから漆黒までの、その諧調の豊かさといったら。近づいてよーく見たら、繊細な線が幾重にも描かれ、無限の黒をなしているのがわかる。
クノップフやクリンガーやもちろんモローとも、それぞれ象徴主義とか表現主義とか区分けされながらも、同時代的なサブライムな意識(無意識?)を共有している様が、ルドンの描く怪物性にもとっても現れてて面白い。
それと、シンメトリーとパノプティックな当時のフランスにあって、そのピクチャレスク感は何処から来たのかと思ったら、彼が幼少期を過ごしたペイルルバードが荒涼としていて、いたくお気に入りだったという解説を見て、なるほど納得しました。

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2007年8月20日 (月)

Salon de GOO西瓜は意外に溺れる (impression)

Salon de GOO西瓜は意外に溺れる   

8月18日~19日    StudioGOO

気が置けないお宅に招かれような素敵な時間と空間、くつろぎの午後に和みました。
StudioGOOは、ダンサー/振付家の吉福敦子さんが、運営されている空間。今回は、インスタレーションやダンスを楽しみながら、飲み物片手におしゃべりしたりして過ごそうという、サロンが開かれました。
天上から網目のように幾重にも吊られた、岩塚さんの糸によるインスタレーションは、華厳経の「インドラの網」を思い出させてさながら宇宙。その下で、4組のダンスが披露されました。それぞれの出自や方向性が生かされたヴァリエーションに富んだ作品たち、でもきっとそこに通底するものが。日常の瑣末さに積極的に向かい合ったり、苛立ったり、為すがままだったり...。最後、吉福さんの手からパチパチと零れ落ちる銀の雫(銀の細かいビーズ)は、そんな日々から零れ落ちていってしまう泡沫の夢、あるいはインドラの網の目の宝珠の欠片。
ダンスの後は、アフタートークとダンサー、アーティスト、スタッフ(行くまで知らなかったんだけど、前田愛美さんや垣内友香里さんとか、知り合いがお手伝いしててビックリ)、観客みんな気兼ねなく交流おしゃべり。タイトルにちなんだ西瓜(美味しかったぁ)も振舞われ、むぎちゃん(吉福さんの愛猫)にも挨拶できたし、楽しい時間があっという間に過ぎました。

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2007年8月16日 (木)

舞台芸術の世界 (impression)

舞台芸術の世界-ディアギレフのロシアバレエと舞台デザイン

9月17日まで    東京都庭園美術館

セルジュ・ディアギレフのバレエ・リュス、その衣裳や美術に関する資料(デザイン画、実際の衣裳、ポスターなど)で構成された企画展。と聞くとじみーな感じですが、レオン・バクスト、アレクサンドル・ブノワといった、バレエファンならおなじみの美術家たちの直筆デザイン画や、メイエルホリドに深く係わったり後にロシア構成主義を指導してゆくエクステルのような作家たちの舞台デッサンなど、バレエ、舞台ファンのみならず20c美術ファンにも、けっこう楽しめると思います(私は、ステッレツキーのポスターの中に、サシャ・ギトリの名前を見つけ、うれしくなった)。
19世紀末~20世紀初頭の万博ブーム(例えば、フランス革命100周年、エッフェル塔建設に伴った1889年のパリ万博)に通底する、エキゾチシズム、オリエンタリズムが、そのままバクストらのデザイン(ムーア人とかダッタン人とか)にパラレルに現れていて、当時の「スペクタクル=視ることの快楽」にものの見事にポジショニングされていること、つまり一種の見世物カルチャーの中にバレエも位置づけられること(ディアギレフの香具師性とともに)を、改めて確認させられました。
そうしたオリエンタリズムが、アールヌーヴォー、ジャポニズムの影響とあいまって、それまで遠近法的だった舞台を、極めて平面的に構成するようになっていったり、ただ美術運動とのかかわりだけでなく、思考の知層などから俯瞰して考察してみる必要なんかも感じ、私にはとても興味深い展覧会でした。

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※PR TIMESからの情報提供です
リーブ21は、髪に優しい天然成分にこだわり、蜂蜜をベースに配合した整髪料「ナチュレヘアミスト」、
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2007年8月10日 (金)

イマージュオペラ>>デイアレティック<< (impression)

イマージュオペラ>>デイアレティック<<  『歴史』
舞踊:野沢英代、脇川海里
振付・演出:脇川海里

8月7日   シアター・バビロンの流れのほとりにて

野沢さんは、素晴しいです。身体にスッと“ダンス”が降りてきて、それを存分に表出してくれる。よくコントロールされた身体の、その足先から指先へと、ムーブメントが脈動のように伝わって、なにより、迸るボキャブラリーが魅力。ここのところ私自身ちょっと体調を崩し集中力にかけるのですが、そんなことも忘れ魅入ってしまいました。その場を自分の渦に巻き込むことのできる、稀有な1人です。
そんな野沢さんとのデュオでは、並みのダンサーではどうしたって見劣ってしまい、脇川氏も悪くは無いんだけれど、損しちゃってますね。作品は面白かったんですが、選曲にやや疑問。シュトラウスの「ツァラツストラ」がかかった途端、思わず吹出しそうに。だって、どうしたって出演者が、ニーチェというよりも類人猿?に見えちゃうもの。まあ『歴史』というタイトルからすると、それも狙いかもしれないが、映画などであれだけ既成の意味・イメージをまとってしまっている曲を使うのって、難しいよね。

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2007年8月 7日 (火)

La Chaîne (impression)

La Chaîne ボルタンスキープレゼンツ日仏現代美術交流展

8月26日まで BankART 1929 Yokohama/BankART Studio NYK

フランスの現代美術家ボルタンスキーが、以前このBankARTでレクチャーを行った際、古い銀行を移築したBankARTの建物に触発され発案した展覧会。日仏の気鋭の作家に呼びかけて、ボルタンスキー自身を含めて計10名の作家による作品が展示されている。テーマは「時間と記憶」。ボルタンスキーは、「個人的年齢にかかわる時間」、「歴史にかかわる時間」、「神の司る冷酷無比の時間」という、3層の時間をそれぞれインスタレーション化している。それらは、コレクティブなものと個的なものとの、トランスミッションを試みているという。
対して、日本の作家たちによる作品からは、極めて個的なモノと絶対的なモノに分かれている印象を受ける。中間的な=社会的な=象徴的な時間の抜け落ち。かねてより危惧されている中間的な距離空間の喪失が、記憶にも及んでいるのかと、確認させられた。

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※以下の記事はPR TIMESからの情報提供を元に書かれています。

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2007年8月 3日 (金)

アレッサンドラ・フェリ (impression)

アレッサンドラ・フェリ引退記念公演withボッレエトワール達の花束

8月2日、8月3日Aプログラム 8月6日Bプログラム  東京文化会館

Report_04 (画像は公式サイトから転載)

昨日のAプログラムに行きました。フェリを見納めかと思うと、ちょとシミジミ。
スターを引き連れて(総勢11名)のガラもいいけど、最後に全幕通しも観たかったよぉ。ロミ・ジュリとかマノンとか、評判のノイマイヤーの椿姫とか。

ボッレももちろんだけど、ホセ・カレーニョに、ジュリー・ケントに、ほんとエトワール ( バレエ団のグレードだけでなく、仏語本来の綺羅星の意味で ) だらけ、眩いです。ガラということで生オケもセットも無いけど、フェリ自身の踊る「オセロ」をはじめ、2004年にクデルカが新たに振付けた「シンデレラ」、ノイマイヤーの「ハムレット」と、日本初公開モノ ( Bプロでは、アモディオ振付のロミ・ジュリが初公開。こちらも面白そうだが、最後に観るフェリのジュリエットが、マクミランで無いのは、いいんだか、悪いんだか... ) も散りばめられて、興味深く楽しめました。
中では、フォーサイス「ヘルマン・シュメルマン」での、シュツットガルトのアリシア・アマトリアンのキレが絶品。ヘレーラ、カレーニョのラテン系ABTコンビ ( 「海賊」、「フー・ケアーズ?」 ) も、当たり前だけど息の合った安定感は抜群。作品では、ノイマイヤーの「ハムレット」がユニークで、ぜひぜひ全幕観てみたいです。

で、主役のフェリです。ジュリエットもマノンももちろん、日本初公開「オセロ」の不安な予感におののくデズデーモナのどれも魅せてくれました。日本にファンが多いのも、あの表現力があってこそ、とあらためて納得。
ですが、いままで何度か彼女の公演を観てきてちょっと気になってたことも、今回やはり再確認しました。身体の柔らかいバレエ・ダンサーの中にあっても、目立つほどスゴーク柔らかい彼女。その折れてしまうのではないかと思うほどの、華奢さが持ち味なんだが、反面、例えば背中側に反り返ったとき、綺麗な弧を描かずに、くの字に折れ曲がってしまうし、線というかシルエットが綺麗じゃない気が。ポアントしても甲のグニャッと感が、あまりいい気持ちしない。
とはいえ、そんなことは細かいことと思わせるほどの華もあるわけで、その華奢さがあればこそ、悲恋に翻弄される乙女の破滅や死とかの儚さを演じたら並ぶものがいないのも事実。やっぱり、引退は寂しいかぎりです。

引退公演といえば、ロンドンでのダーシー・バッセル観たかったぁ。行った人の感想ブログ見ると、最高だったようだし、日本でも演ってくんないかな?無理?もう、映像でしかダーシー観れないなんて(T T)。

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2007年8月 2日 (木)

嗚呼、アントニオーニ氏も

まさか、連日のお悔やみになろうとは.....

やっぱ、中学のときデッドやピンクフロイドのそのサントラの選曲のかっこよさから、「砂丘」を観て、トリップしたっけ。
「さすらいの二人」のラストのヒリつくような長回し、思い出すだけでタメイキだなぁ。

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2007年8月 1日 (水)

またひとつ巨星が

イングマール・ベルイマン監督のご冥福を......

89歳だったということなので、いたしかたない年齢なんでしょうけど、
やはり居なくなってしまうのは、寂しいです。

15歳のときに観た『叫びとささやき』、
こんなに濃い静けさがあることを、はじめて知り、
ほんとドキドキしたな。

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2007年7月27日 (金)

黒沢美香&ダンサーズ (impression)

黒沢美香&ダンサーズ 『なんという寛容な肉』

7月23日  こまばアゴラ劇場

<万博>
須加めぐみ 「ソロ」
江積志織  「緑のすじのある肖像」
南 呼子  「私をきる私」
磯島未来  「夜のすすめ」
斎藤麻里子 「恋金魚」

ということで、週明けこぼれましたが、今回の“ダンス鑑賞三昧”の締めくくりは、なんと万博(^▽^;)?!!
トリを飾るには、とってもふさわしそうっす。

10日間にわたって行われている、黒沢美香&ダンサーズの日替わり公演。
この日は、ふだん、美香さんのダンサーズとして踊っている皆さんが、それぞれソロを披露してくれるという。はたして、その正体や如何に?!
例によって、アゴラの低い天井に身をかがめながら ( 今回3度も頭ぶつけたよ(;_; ) )、一体なにが出てくるか待ちました。

最初は、あの“ピンク”の須加めぐみさん。もう、その“捨て身”感が素敵!両ヒザに両手をはさんで、自分で自分を拘束するような、“身動きしずらいぞ”状態で、膝を打ち付けるほど飛び上がったり、ダイブしたり。そのイライラ葛藤するリアリティが、ヒリヒリさせてくれる。パンキッシュな激しい音楽なのに、そのリズムには乗らずに、耐えるようにゆっくりと体を屈めたりするそのセンスが好きです。
江積志織さんは、ナイーブな自然派?ちょっとコミカルな動き ( カエル? )は、生き物たちの息衝きを伝えてくれました。
南呼子さんは、4本の足で踊ります。もちろん2本は、作り物なんだけど、不思議な効果を醸し出し、変な無重力。
“ピンク”からもう1人、磯島未来さん。いつもの元気に飛び跳ねてるイメージと違って、いたって内省的な作品。じっと、横たわったところから、ゆっくりと微分した時間が進みます。そのプニプニした足を見せるように、たくし上げるスカート。若さとそのダンサーらしからぬはち切れそうな身体ゆえに、どうしても纏わり付いてしまうビジュアル・イメージを、逆手にとっての確信犯的所作とわかってるのに、オジサンはドキドキしちゃったよ。
最後は、斉藤麻里子さん。ここではない、本人にしか見えていない別世界を見ているような目が印象的。踊っているのも、きっと異次元のステージ、憑き物チックです。最後に前かがみになって、リノにオデコを擦り付けて、ズズズズズッと引き摺るのが、とてもチャーミングでした ( カーテン・コールで見たら、案の定オデコ赤くなってた ^ ^ )。
やっぱ、美香さんとこに参加する人たちって、美香さんに負けずに個性派ぞろいだなぁ、とあらためて確認した次第。

そして、うれしいお知らせ!!2008年3月“ピンク”の単独公演!!!早く観たいですぅ。

で、今週末は、溜まった仕事の処理、原稿の締め切りもあるんで、図書館で大人しくしてます。お財布の、都合もあるし(^ ^;。サシャ・ヴァルツも気になるけれど.....。
でも、来週は“フェリ”がある!!
それから、皆さん、ちゃんと選挙に行きましょうね!!

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2007年7月26日 (木)

川口隆夫×山川冬樹 (impression)

川口隆夫×山川冬樹D.D.D. - 私の心臓はあと何回鼓動して止まるのか -

7月22日 SUPER DELUXE

そしてアンリ・ミショー展の竹橋からこの日、六本木はSuperDeluxeへ。2004年に同じくこのスーデラで初演されてから、クロアチアやヴェネツィア・ビエンナーレ、そのほか世界各地を公演、世界中を沸かせてきた本作の日本最終上演とあっては見逃せない。タカオ氏とは知り合って20年近く、この間いろんな作品を観させてもらってきた。けど、最近は、他の公演会場で顔を合わすことはあっても、本人のパフォーマンスはちょっと見逃していたので、今回は早くから予約も入れて、態勢万全で迎えました ( って、出演者でもない、一観客の私が万全もなにもないですが ^_^; )。 ( ちなみに、井上バレエにご一緒したSさん、この日のdie pratze、SuperDeluxeの週末ダンス三昧にもお付き合いいただきました。 )

そして、ゴングこそ鳴らなかったけど、本日のメーン・イベント!!とでも呼びたくなるようなパフォーマンスの開幕。プロレスラーよろしく、マスクにガウンの川口タカオが登場。リングに見立てたテーブル ( 1.5m四方ぐらいでしょうか ) の上に、雄叫びもろとも飛び乗って、一人組んず解れつ状態へ突入した。OHPが壁へ投影する「ROUND 1」、「ROUND 2」..の表示が進み、格闘技のように1ラウンド5分ぐらいづつの演技が、ときに激しくのたうち、ときにみなぎる力を湛えたようにじっくりと、展開してゆく。
山川の胸には、ピックアップがテープで固定されていて、鼓動が重低音にくぐもったリズムを響かせる。ノイジーなギターや声が折り重なり、国際フェスティバルで授賞した得意の“ホーメイ” ( 美しい!! ) が会場を満たす。
クライマックスは、「アブラガ、トブゾ!」の警告通り ( 前列のお客さんには、防御用?のビニールも配られ )、天井から降るアブラを浴びて、川口タカオはテーブル上を転げまわり、観客からは終始歓声が絶えませんでした。( 私も、気付いたら、オオーッ、とかヒューヒューッとか、声あげてました )
終わってから、制作のプリコグのNさんに聞いたところ、初演ではお客さんの反応はもっと静かだったとか。この夜のお客さんのノリからは、考えられないですね。世界を経巡ってきたことで、パワーが充填されてきたということでしょうか。開き直り的な力の抜け方 ( あくまで、いい意味でね ) も良かったのかも。
ホント、楽しさでクラクラ ( この日は、一日中クラクラしどうし ) したよ。そうそう、パフォーマンスって、これなんだよ、これこれって感じ。

楽屋から出てきたタカオ氏のところへ、知人、友人が集まって、で、ふと見ると、吉福敦子さんに、“ストリングラフィ”の水嶋一江さんが。ああ、懐かしい顔ぶれ。まさしくATA DANCEだよ!!90年ごろ川口隆夫と吉福さんを中心に結成された、ダンス・ユニット。田端die pratze ( die pratzeが当時、田端にあったことを知る人ももう少ないでしょうね ) や表参道のストリートパフォーマンス、よく観にいったよなぁ。そのとき、“音”を担当してたのが水嶋さん。このいまや伝説(*^_^*)のスリーショットに出会えたのも、この夜の収穫でした。( あの頃から、17、8年も経つのか・・・ )

この『D.D.D.』は、7月27日、28日とシンガポール公演を行うそうです。ということは、今頃みなさんシンガポールなんですね。気をつけて、がんばってください。

で、日曜の夜は終わるのですが、実は私のダンス三昧は週末では終わらずに、週明けへとなだれこんじゃうのです.....。

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2007年7月25日 (水)

アンリ・ミショー展 (impression)

アンリ・ミショー展 ひとのかたち
Henri Michaux/Emerging Figures 

8月12日まで 東京国立近代美術館

Cont_432_3 (画像は公式サイトから転載)

続くダンス鑑賞のあいまに、ちょっと美術展へ。といっても、まったく関係ないわけではなく、孤高の詩人、異能の画家、アンリ・ミショーは、ダンス界にもいろいろと影響があるんです。ジョセフ・ナジの「ASOBU」が、彼をモチーフとした作品だし、土方巽が舞踏の動きのイメージに、アンリ・ミショーを参照したのは有名だよね。近美のギャラリーという小スペースでの展示ながら、まとまったものとしては、80年代の西武美術館以来じゃないでしょうか。

フロッタージュや墨による素描など、その作品の前に立つと、あらためてつかみどころのなさにオロオロするけど、じっと見入りしばらくすると、なんだかビリビリと感応しだす。ロールシャッハに使うインクのシミのようでもあるけど、何かに見立てたり、イマジネーションを掻き立てたりというよりも、共鳴するようにチューニングして観た方がクラクラすると思う。反面、かのメスカリン体験の、トバ口にさえ立てないことに不満も残るけど。

彼曰く、「ある人々は世界を分かりやすさへと追い込んでいる。それは世界を部分的に拒否することだ。」
さすがに、幻視者の大巨匠、言うこともクラクラさせてくれます。

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2007年7月24日 (火)

目黒大路×東野祥子 (impression)

目黒大路×東野祥子地平線はたえず逃亡する

7月22日 麻布die pratze

観ているこちらが、怪我しそうなぐらい、鋭利に刺さる!!
井上バレエに続いて翌日は、おなじみシリーズ「ダンスがみたい!9」、麻布die pratzeへ(気をつけないとね。以前、神楽坂と麻布と間違えて行っちゃったよ)。東野さん、6月24日セッションハウスの公演での怪我を心配してたけど、キャンセルも無く公演実施。差ほどでもなかったのかな??
フロアに置かれたイスに腰掛けた女性(東野祥子)が、暗闇に浮かぶ。座ったまま、身をよじり、差し出した腕を反らし捻り、足を上げたり、身悶えたり。いつも東野祥子を観る度に、ヴェルメールらの球体関節人形とイメージが重なるのだけど、まさしくそこには、あらぬ方向へと、腕や体を捩じった異形の姿。そこへ、男性(目黒大路)が現れ女性の体に触れようとしたり、まといつこうとしたり。でも、それを払いのけ拒絶したり揉み合ううちに、二人は絡み合い、床へ転げ落ちる。こうした男女の埋め難さをめぐるような、もがきやあがき、コンタクトと隔たりのムーブメントが展開してゆく。そして、目黒の切れも、もちろんすばらしいけど、後半の東野の、再び椅子に座ってのダンスには、鳥肌が立った。もちろん、立って踊っているときのあのスピードや激しさには及ばないものの、痙攣するように捻る体や腕、指先ははるかに鋭く、まるでこちらが切られそうなほどに鋭利に閃いた。終盤、照明で作られた道を、二人支えあうように去ってゆくのは、ちょっと予定調和っぽくて一考だったけど。
で終演、明るくなって気がついた。東野さんは腰掛けて、あるいは床に転がってのパフォーマンスに徹していたということは、怪我の影響??楽屋から出てきた彼女の姿は、それが疑いではないことをすぐに明かした。壁や手すりを伝わってしか歩くことのできない、東野さんがそこに。話を聞けば、やはり先日の公演で、着地の際に足首近くのスジが裂けてしまった(>_<)と。まだ、体重をかけることができないんだって。それで、今回演出を変えて、椅子のパフォーマンスになったそう。あの鳥肌は、そんな“凄み”故だったかぁ。怪我を押して、というより、逆手にとって挑む、それが切迫感を伴った鋭さになってたんだ。すごい。でも、すぐにまた公演予定が続々なんだけど東野さん、怪我はちゃんと治して欲しいし、心配でもあります。

というわけで、私の連チャン集中・ダンス鑑賞は、さらに深みへ、続きます。

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2007年7月23日 (月)

井上バレエ団7月公演 (impression)

井上バレエ団  『眠りの森の美女』
オーロラ姫:島田衣子 王子:エマニュエル・ティボー リラの精:鶴見未穂子 カラボス:金田和洋

7月21日  ゆうぽうと

この日も休日なのに、仕事の打合せが入ってしまい、なんとか切り上げ会場へ急いで向かおう、と、したところ、思い出した。「 そうだ、衣ちゃんにオミヤゲ買ってかなきゃ!」。今日のオーロラ姫の島田衣子さんは、以前からの知己、なんだけど、ここのところご無沙汰していて、当然終演後に楽屋を訪ねたいし、久しぶりに手ぶらというわけにもいかんでしょ。で、どうしよう、時間もないし、五反田の近辺で気の利いたものなんてあったっけ?で、また思い出した。「 そうだ、エキナカがあった!」 というわけで、品川駅エキュートでお菓子を調達。よかった、よかった、と安心もしてられず大慌てで会場へ。さすが、井上バレエですね、けっこうなお客さんの入り。今回ご一緒した、Sさんも到着。オーケストラの音あわせも、開演前のワクワク感を盛り上げてくれます。
幕が上がると、ピータ・ファーマーの美術に圧倒。4年前に、彼のデザインで美術、衣裳を一新し、それ以来の「眠り」の全幕上演、ということは、前回観てからだから、衣ちゃんとも4年振りってこと(゜▽゜@)?!「 やっぱ、お菓子買ってきてよかったよ(^-^;」。 で、ピーター・ファーマーは、今回の公演に合わせて、常設アーチをデザインしたとか、もうホント美しい。いきなり、気分は、オトギの国の住人です。シャルル・ペローです(^-^;。で、プロローグも終わって第1幕、待ちに待ったオーロラ姫!うう、カワイイ!だけじゃなく、ここんとこユニットキミホとか佐多達枝公演とかへの出演で、その評判は聞いてたけど ( 観にいけなくて済みません )、安定感が増してる。上手いのは、昔からだけど、余裕っての?、ゆとりっての?それと、演技的な表現力、毒針が刺さってからのお芝居的なところなんかも、ナチュラルな演技がいい感じ。全体的に、幅が広がったよね。それと、パの一つ一つが、丁寧で正確なのにも好感がもてます。
王子は、当初のティアゴ・ソレアス怪我につき、急遽、パリオペラ座のエマニュエル・ティボーに。「 洗練されたテクニックは若いときから有名ですが、なかなか主役を踊る機会はなく、日本で始めて『眠り』の王子を踊る 」  ということですが、すごいダンス・ノーブルっす。テクニックはもちろんだけど、王子ぴったり!小柄で細いオーロラ姫ともピッタンコでした。それと他には、青い鳥のお相手のお姫様、ポアントの線の綺麗さが目立ちました。
終演後はもちろん、Sさんと一緒に楽屋へ。またさらに、細くなってたけど、全然変わってなくて、久しぶりに会えて楽しかった。
で、帰ろうと思ってたところ、批評家のK氏、T氏に会い、また連れ立って衣ちゃんのところへ(他のお客さんもいるのに、度々すんません)、「 一緒に、ダンス関係の研究グループに参加してるんだよ 」 なんて、アッピール??もしてみちゃいました。
ところで、藤井直子さんが怪我のため、翌日も島田衣子さんがオーロラ姫を務めることになってました。おつかれさまです。衣ちゃんも怪我には気をつけて、頑張ってください。

で、ここから私の週末はレンチャン、ダンス通い。最近、仕事が集中して入ったりするもんで、行ける時に行っとかなきゃ!( 実は、今日もこまばアゴラです ) 。そのご報告は、明日以降にアップします。

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2007年7月19日 (木)

杜若 (impression)

杜若 日蔭之糸 増減拍子 盤渉(能 金剛流)

7月18日 国立能楽堂

仕事の打合せが押してしまい、1部の狂言「瓜盗人」は断念。2部「杜若」のお調べ(開演に先立つ楽器の最終調整)の寸前にどうにか間に合いました。「杜若」は、旅の僧が杜若の精に出会うという、典型的な夢幻能。さしたるストーリーもなく、謡と舞いがふんだんに盛り込まれ、夢幻の境地に存分に遊べます。物着という、シテが舞台上で唐衣を身に着ける、珍しいさまも楽しめる。
といっても、けっこう複雑な構成も。というのも、シテは杜若の精であると同時に、在原業平でもあり、その禁断の恋の相手、高子の后でもあり、さらに菩薩でもある。男と女、人と精、草木と菩薩、陰陽や神人などが、変幻に体現しちゃう。それに、他の曲でもよくあるように、ワキの旅僧は観客でもあり、劇内劇の合わせ鏡的な効果を持ち込むものだから、もう奥深すぎて夢幻なんだか無限なんだか(*o*)。
で、シテの今井清隆師、よかったです。なんだかとっても、可憐で流麗。重々しい力のせめぎ合いといった、典型的な舞と違って、流れるように軽やか。こういうのも、いいです、ありです。能に、こんな形容していいのかどうか...カワイイ!!面は「伏木増(ふしきぞう)」あるいは「若女(わかおんな)」でしょうか、いずれにしても若い女の面に業平の初冠を、身にまとった杜若の精は、若い男装の女性といったところ。きっと、昔の人も魅了されたに違いないですね。
いつもながら、国立能楽堂公演では、珍しい小書や演出を用意してくれますが、今回の日蔭之糸は、宮廷儀式の装束で、杜若の精は、鬘に花をかざし、顔には絹紐がかかる(これがまた、キュート!)。そして、「盤渉」という、水にまつわる曲調に変わり、まさにこれぞ初夏の公演。ここんとこ、あんまりな能ばかりだったんで、とっても素敵な宵となりました。

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2007年7月12日 (木)

文字と数字と符号で表現される近代から現代の美術展(impression)

文字と数字と符号で表現される近代から現代の美術展
Modern and Contemporary Art Expressions by Letters, Numbers and Symbols 

7月14日まで ギャラリー・ショウ・コンテンポラリー・アート

Exh_img_letters_3 (画像はサイトより転載)

ダダ・シュルレアリスム研究会のMLでお知らせをいただき、行ってきました。

「近代から現代に至るまで、様々なアーティスト達が文字、数字、符号と言った抽象的な表現形態を用い、実在するものを写実的に描くより遥かに想像力を掻き立てる作品の数々を発表してきました。本展ではそういった抽象表現を用いた、1930年から現在にいたるまでの多岐にわたる作品を展示いたします。」(ギャラリーからのアナウンス)

引鉄、欠落をさらに穿つ。
不在を覆い、さらに不在へと昏迷する、痕跡から隔たった痕跡。
文字に欲望したその系譜たちへと囚われて、文字は欲望しはじめる。

JONATHAN SELIGER
JEAN-MICHEL BASQUIAT
ANDY WARHOL
YOSHITOMO NARA / HIROSHI SUGITO
GLENN LIGONほか

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2007年7月11日 (水)

珍しいキノコ舞踊団 (impression)

珍しいキノコ舞踊団あなたの寝顔をなでてみる

7月10日~16日 吉祥寺シアター

Main_r2_c3_1 (画像はサイトから転載)

新種のキノコ?!大人のためのストレンジ・ワールド・レヴュー!
前回の『3mmくらいズレてる部屋』で予感させていた、キノコの新しい次元。それが予感に終わらずに、ホントに新しい旅が始まったと、後にこの作品はその序章として位置づけられるのではないでしょうか。舞台はいたってシンプル。照明の加減で、ピンクにもオレンジにも見える光沢のある布が、舞台三方全面に天上から床まで垂れ下がってるだけ。これまでのような、賑やかキッチュな小道具やセットは、一切無し。ちょっと初期のキノコの様でもあるけど。とにかく、ストレートにダンスだけを見せてゆく。まあ、ストレートといったって、そこはキノコ、ヒネリの効いたダンス満載。テンポの速いロックの曲は一曲だけ、あとはゆったりとしたスタンダードやボサノバばかり。オーケストラやビッグバンドやラウンジ・ピアノや、ラグジュアリーだったりムーディーだったり。そこで展開されるボディ・コンタクトは、まるでゆったりとした組み体操。ブレイクに照明効果でダンサーのシルエットを引き伸ばしたり歪ませたりする遊びを挟む等、レヴュー的な構成にエンタメ心も溢れてる。全体的に、天国的なフワフワ感が漂います。
ただ、ひとつひとつのムーブメントに微細に捻りが考えられてるんだけど(ゲッツ・ジルベルトの曲にのってダンサーたちが、「貞子」みたいに這い出してくるのは最高!)、詰め込みすぎててそれがさらっと流れちゃう。もうちょっとメリハリが、あった方が。それと、ゆったり系のBPMで揃ってるために、あまり見慣れない観客は飽きちゃうかも。そして、これまでのキノコは、本人たちが意識してるかしてないかに係わらず、時代を映す鏡としての批判性や毒を持ちえてたのだけど、この新しい方向性にはそれが感じられない。いや、もしかしたら、これが今の時代ということか?その判断は、私たち観客に委ねられているのかも...。

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2007年7月 6日 (金)

JAUME PLENSA (impression)

ジャウメ・プレンサ「サイレント ヴォイス」JAUME PLENSA“SILENT VOICES”

7月21日まで MUSEUM at TAMADA PROJECTS

未来からの遺物...ガラスと鉄で織り成されたオブジェは、不思議な質量と寡黙な感触で、そこにあった。15年ほど前、知人に教えられ、表参道の小さなギャラリーで初めて観た、ジャウメ・プレンサ(当時はヤウメ・プレンサと紹介されていた)。それから、しばらくして月島の倉庫跡で、本格的に展示された作品たちは、はじめてみたものと同様の印象をもたらした。廃工場に捨て置かれた、薬品容器に、静謐をたたえたようなオブジェ....。
そしてまた数年を経た今、同じく月島の倉庫跡TAMADA PROJECTSで、新作が展示されている。しかし、その外見は、これまでとはまったく違う。クリスタルや樹脂、金属などの素材で成形された、膝を抱えて座り込む人物たち。その表面には様々な文字が浮き彫りされている。心の病の名、女性の名、作曲家の名など.....。まるで、今にも突然立ち上がりそうな、恐怖を与えるものもいる。文字に表されたような観念を、孤独に瞑想しているのであろうか。だが、その外見は違えども、沈思する姿は、過去に見たオブジェに通底する沈黙の計り知れないその深さに、迷い込ませてもくれる。

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2007年6月30日 (土)

中村恩恵「Out shipped Cocoon」(impression)

中村恩恵「Out shipped Cocoon」
出演:中村恩恵・佐藤知子・廣田あつ子・松本大樹・松崎えり・伊藤拓次

6月28日   BankART Studio NYK GalleryB

実はこの日、もう一公演観ようと思っていた“CORPI ALTRI”の最終日、日伊のダンサーによるコラボレーション・プログラムに行く予定をしていたんだけど、BankARTからお知らせをいただき、急遽こちらに変更しました。
横浜市は文化活動の一環として、湾岸の倉庫跡をスタジオに改装し、アトリエや稽古場としてアーティストへ低廉で貸している。先週より、入居しているアーティストたちによる展示や制作途上を一般公開する催しをやっていて、その最終日のプログラムがこの公演。
実は、私は個人的に、横浜市民の一人として、このBankARTの活動はいくつかの理由で、評価していません。(理由としては、たとえば、運営を委託されている人間のひとりが、まるで私物のように、「私のBankART」とでも言わんばかりの振る舞いをしている。ボランティアスタッフが、ボランティアとはいえ、低レベルで、客やアーティストに迷惑をかけている。一応有料で一般客に提供する以上なされねばならない、最低の管理、体制も怠っている、などなど、前に別の項目で書いたけど、横浜が臭いものに蓋をする手段として、文化を体よく使っている、要はナメていることの悪弊がでている。)
よって、ここんちの企画等を観に行くのは、非常に気の重いことではあるんですが、中村さんのダンスとあれば、特別です。
説明はいらないでしょうが、中村恩恵さんは、NDTに所属し、イリ・キリアンの重要ダンサーとして活躍してきました。帰国後は、さいたまなどで活動していましたが、このたび、拠点を横浜は本牧へ移し、その手始めとして、このスタジオプログラムが実現したとのこと。参加した他のメンバーとのコラボレーションによる、ショートプログラムを披露してくれました。
スタジオの床に直に座ったり各々好きな体制をとる観客、パフォーマンスはまるでインプロのように、いつ始まるとも無く緩やかに始まった。差し出すように伸ばした手、その腕を翻し、何かをくぐる様に上体をタワメる。まるで空気の中を泳ぐように、すべるようにそっと。かき回し激しい波動を生み出すダンスとは対極にある、柔らかなで滑らかな動き。以前、キリアン振付の『ブラックバード』を観たときの印象とは、まるで違う。あの中村さんは、強度そのものであったけど。他のダンサーたちも、ほぼ同じようなたおやかな動きでありながら、それぞれの語り口をしっかり保ち、まるでトリルのごとき動きを加味してゆく。触れるか触れないかのようなコンタクトと共に、波紋となって広がる動きに、なにか包まれるような感覚を覚え、ちょっと心が離陸しました。思い切って、観に来てよかったよ、ほんと。

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2007年6月27日 (水)

妄想オーダーモード (impression)

『妄想オーダーモード』展 松蔭浩之 × 津村耕佑 トークショー
ゲスト:佐藤直樹(ASYL代表)、司会進行:小崎哲哉(『ART iT』編集長)

6月23日(展示は7月7日まで) ミヅマアートギャラリー

『妄想オーダーモード』は、雑誌『ART iT』に連載中の企画。ブランド“FAINAL HOME”などで人気のファッションデザイナー津村耕佑が、毎号気鋭の女性ゲスト(作家、女優、美術家など)と対談し、かき立てられた妄想イメージを、本人の嗜好とは関係なく、世界で一点しかない衣裳へと仕立て、ゲストに着てもらう。それをアーティスト松蔭浩之が、写真に収めるというもの。これまで、タレント:佐藤江梨子、作家:金原ひとみ、モデル:山口さよこ、日本画家:松井冬子、ダンサー:康本雅子らが、妄想の餌食!?(^ ^;)となってきた。
で、その連載企画が独立した写真集『ファンタジー・モード』として、このたび刊行され、その記念企画がこれ。会場のミヅマアートギャラリーには、引き伸ばされたオリジナル・プリントが展示されている(もちろん、購入も可)。
先日、6月6日のオープニングには、サプライズ・ゲストで康本雅子が来場。もう、ギャラリーをはみ出すほどの人が詰めかけ、ぎゅうぎゅうの熱気。前方にいた私は、人に押されたおかげで(ほんとに、押されたからだよ!)、かぶりつき状態で、康本さんのダンスを堪能(ほんとに、“ダンス”を観てたんだよ、他のとこ見てたわけじゃないよ!)。しかも、ちゃっかり紹介もしてもらっちゃった\(⌒o⌒〃)。
そしてこの23日には、本人たちによるトークショーが行われました。で、やはり超満員!、立ち見どころか、6日と同様入り口からはみ出て、入れない人も。今回は、被写体の女性がゲストで来るわけでもなく、まったく華の無いオヤジ4人のトークというのに( ̄□ ̄;)、何故?まさか司会の小崎編集長がそんな人気がおるとは思えないし、やっぱり見た目怖いが話すと面白い津村さんの人柄?コンプレッソプラスティコやゴージャラスの活動でコアなファンの多い松蔭氏の影響?
中身はといえば、観客の皆さんのツボにはまりまくるトークの応酬に、大爆笑の連続って、あれ、アートなイベントじゃなかったっけ?(^◇^;)状態。たとえば、康本さんの撮影が終わって、皆で食事に行ったところ、一同ますます、そのコケットな魅力にヤラレてしまったんだけど、10時を過ぎた頃、当の康本さんがさっと帰ってしまった。あとには、やり場の無いモヤっと気分で、放り出されたオヤジ4人衆。終電までにはまだまだ......。持て余した挙句が、そろって、“バッティングセンター”に行ったんだと。オイオイ、中学生じゃないんだから。
それから、芥川賞作家の金原ひとみさんの時には、津村さんが創ってきた衣裳を見て、他のスタッフは真っ青に。なんとそこには、カワイイ系のキャラクター満載のピンクのフリフリ。着る物も、雰囲気もダークトーンな金原さんは、これを見たら、きっと怒って帰るに違いないと。ところが一同の心配をよそに、本人はことのほか気に入ってしまい、ご覧の笑顔。Kanehara2s_1  後日、お父様から、こんな娘の満面の笑顔はこのかた見たことがなかったと、御礼の電話が入ったとか。ほんとに笑顔、かわいいよね。でも、それって、津村さんが見抜く眼を持ってるって証明に他ならない、やっぱスゴイ。(「耳の無い蛇にどうやってピアスするんだ?」って、津村さんのチャーミングなオヤジギャグ。ウーン、やっぱスゴイんだかなんだか.....。)この企画は、『ART IT』に引き続き連載中です。

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2007年6月25日 (月)

Corpi Altri (impression)

Corpi Altri(BODY-OTHER)
日伊現代舞踊における身体の役割2006-2008プロジェクト

6月23日 セッションハウス

『Buoi,Luce,Buio』
出演・振付:フランチェスカ・プロイア
「何が飛び出るか楽しみ」と数日前のブログでいったけど、うーん、ほんとに、とんでもないものが出てきた。身体というより、物体というか、ボテ、ドテ、としたものが、転がったり、ドタドタ動いたり。顔パックのような仮面を拭い去って、服を脱ぐ=社会的なペルソナと、素の女性身体との葛藤だろうけど、まんまじゃん!おまけに悪い予感的中でパンツ脱いでしまったり...。イタリアは、コンテンポラリー後進国だと聞いてはいたけど...。

『Capiron』
出演・振付:森下真樹
洋舞ってどうしても、身体的に白人コンプレックスなとこあったはずだけど(もち、今は見劣りしないけどね)、アレ見た後だと、何か日本の身体の方が何ぼかほっとするなぁ。でも、ちょと、余興気味で流した感が...。風船ガムや、シャボン玉鉄砲は楽しいけど。今回のイベントのテーマである身体へのアプローチにこだわりすぎたのか、ダンスというより、身体を使った遊び?的で、ものたりなかったな。

で、この初日を見て、なんかこの日伊の交流プログラムに建設的な意味があるのか???疑問残りました。

6月24日 セッションハウス

『SP.3』レ・ガミ
出演:フランチェスカ・ブルザッキーニ、アンドレア・デル・ビアンコ
振付:ルカ・ナヴァ
男女二人による、パフォーマンス。10種ほどの動きで構成されたひとつのシークエンスを、距離をとった男女が交互に繰り返す。徐々に位置を変えながら、シークエンスの中の動きも変化し種類も増える。男女のタイミングも交互から重なるようになり、時にユニゾンをなす。背景に微かになっていた音も高まり、激しいノイズ音へ。暗転、壁面に、カオスチックな映像が映し出される。と、なんだか20年ほど前のインダストリアルな懐かしさ。でも、悪くは無いです。二人の動きもそれなりだし。というか前日ので、ずーっとハードル下がっちゃったから。

『9(nine)』
出演:東野祥子 振付:大橋可也
今回の企画で、一番期待してたのがこれ。過激な二人だもの、きっとなんかやってくれる!で、いきなり金属の箱のなかで、爆竹!!壁に激突しそうな東野。壊れたフェッテじみて、クルクル。フリーキーで病んだ感、でもまだまだこんなものじゃないハズ。客席の裏に設えられた秘密の部屋、人形やガラクタが並び、下着がぶら下がる。そこで、裸になる東野をカメラが執拗に嘗め回す。客は首を廻せば、直に見えそうだが、舞台正面に映し出された映像に釘付け。ドキュメントか、パフォーマンスか...。断続的になる爆竹の火薬の匂い、何かを切るチェーンソーの焦げる様な匂い。やがて、女神転生のごとく白い衣装にくるまれた彼女が、で、あの東野の刺激的なムーブメントが炸裂しそうと思ったとたん、突然アクシデントで中断。東野さんが怪我!!って、えーっっ!!
盛り上がってきたとこだけに、もうーっ残念っ。けど、怪我たいしたこと無ければいいけど、「ダンスがみたい!」での公演も控えているからね。

で、二日目が終わって、もう一日ぐらいは、観に行こうかなと思った次第。

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2007年6月23日 (土)

秘熱 (impression)

Dance Colloquium#7 秘熱
構成・演出・振付/上村なおか
出演/磯島未来 北岡恵里香 原田香織 福島彩子 丸山暁子 渡辺久美子

6月22日、23日 アサヒ・アートスクエア

普段余り接点の無い、振付家とダンサーを出会わせて創作する試みの第7回、上村なおかと期待の若手ダンサーが登場。
最近とみに活動の頻度が増え、その幅も広がってる、なおかさん。でも、振付に徹しての長編創作は、初挑戦だったのはちょっと意外。だから、すごーく興味深く観ました。で、観る前は、なおかさん本人が踊る作品での振りや世界観をイメージしてたのだけど、ホントいい意味で裏切ってくれました。もちろん、ところどころそれらしい動きは顔を出すけど、シークエンスで見れば、まったく別世界。自分の踊るものとは、位相の違う独立した作品に仕上がってる。はっとする斬新な動きがあったり、音や照明の使い方も冴えてたり。とくに、今回の若い(平均24.5歳だそうです)ダンサーたちを、フルに引き出してた。それとも、ダンサーたちの活気に、なおかさんの方が引き出させられたのかな。創作時間が限られてたのと、初日だった所為か、硬さも目立ってしまったダンサーたちだけど(「自分で踊る方が楽だ」となおかさん言ってました)、もっと踊りこんで馴染めば、さらに磨かれて良くなるような。それと、ムーブメントからムーブメントへのつなぎが、少し平板、もっと整理すればより完成すると思う。けれどとにかく、作品も、ダンサーも可能性に溢れてるのは、確かです。
そうそう、去年このブログで絶賛した“ピンク”の磯島さん。“ピンク”での活動も、まだ未確定ながら、再開してくれると言ってました。こっちも期待して待ちます!

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2007年6月22日 (金)

これから観に行きます。Vol.9 (information)

今月は忙しかったっす、珍しく仕事が。
でも、ちょっと落ち着いてきたので、またいろいろ行きます。なので、財布の中身は相変らず落ち着かないです。

ダンス・プロジェクト2006-2008:Corpi Altri

6月23日~27日 セッションハウス、北沢タウンホールほか

森下真樹、東野祥子ら日本勢とイタリアのパフォーマーたちとの競演。「ダンスの美学や新しい表現言語に与える影響を通じて、現代社会において肉体が担う役割や機能の変化を探る」とのこと。何が飛び出すことやら、観てみないとね。

珍しいキノコ舞踊団「あなたの寝顔をなでてみる。」 

7月10日~16日 吉祥寺シアター

2年4ヶ月ぶりの首都圏新作初演。前作で、新しい境地を開いた彼女たち、その後の行方を確認しに。

杜若(かきつばた)日蔭之糸・増減拍子・盤渉  今井清隆(金剛流)

7月18日 国立能楽堂

国立能楽堂7月の定例公演。私もすっかり定例となった能楽堂通い。「伊勢物語」を題材とした、杜若の精と遊ぶ初夏の夢幻。

川口隆夫×山川冬樹 「D.D.D.-私の心臓はあと何回鼓動して止まるのか-」

7月22日~23日 Super Deluxe

思えば、タカオさんとも長い付き合い。本作、日本での最終上演とあっては、何をおいても駆けつけるでしょ。

アンリ・ミショー展 ひとのかたち

8月12日まで  東京国立近代美術館 ギャラリー4

詩人で画家で、メスカリン服用で幻覚しながら創作。ジャンルも、空間も、理性も越境放浪し続けたミショー。土方巽は、舞踏譜のイメージにミショーの作品を参照したし、1月に上演されたジョセフ・ナジの<ASOBU>は、ミショーをテーマにしてた。ダンス界でも多くのアーティストに影響を与えた、知る人ぞ知る存在。その一端でも垣間見られれば。

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2007年6月19日 (火)

車僧 (impression)

車僧 白頭(能・宝生流)

6月15日 国立能楽堂

当初、シテは高橋章と案内されていたが、病気休演につき、近藤乾之助に変更となった。近藤乾之助といえば、80歳にならんとする大ベテラン、大巨匠。代役といっても不服のあろうはずは無く、期待して開演を待った。ところがまず、森常好のワキ・車僧、大悟達観した法力高い傑僧のはずが、その功徳を感じさせてくれるような、重みも深みも無い。地謡も決して褒められたものではなかったし、そしてなにより大鼓、緩急強弱のまったくない、まさしく一本調子。シテの次第などもまったく無視したように、ただ力一杯打ち続けるだけ。後シテの乾之助も、大鼓に負けてしまって、声が届かない。天狗の持つ憂いや悲哀をやろうとしたのか、あるいはやはり体調の所為か。足のハコビも、ちょっとつらい。小書き白頭ということで、面は「白ベシ見」、装束も白尽くめ、なかなか迫力ある趣だっただけに、よけいに所作のおぼつかなさが目立ってしまった。
この時期、ゼミの課題などで学生さんが大勢観に来ていて、この「車僧」は幽玄などはないものの、天狗と僧の遣り取りの面白さ、そして短い曲なので、初心者向きではあるのだけれど、今回のような内容で嫌いになったりしなければいいいのだけれど、などと余計な心配までしてしまった。

ところで、観世栄夫さんが亡くなってしまいましたね。私などは、能というより映画「砂の女」とか、前衛的な芸術活動の方が印象深いです。思えば、このブログでも感想をしたためた、昨年11月の「清経」で、地謡で出てらっしゃったのが、お見かけした最後となってしまいました。ご冥福をお祈りします。

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2007年6月17日 (日)

ラプソディ・イン・ブルー (impression)

シンフォニック・バレエ ラプソディ・イン・ブルー

6月15日~17日 オーチャードホール

演出・振付・出演 服部有吉 音楽監督・指揮 金聖響
出演 ラスタ・トーマス/辻本知彦/大貫真幹/横関雄一郎/上野隆博
演奏 松永貴志(ジャズ・ピアニスト) 東京フィルハーモニー交響楽団

文句なしに楽しいです。というか、文句いらないでしょ、こういうの!ちょっとここんとこ、仕事(これでも、まともに働いてるんです)がかなり忙しく、観に行ったりできなくて、このブログ更新も滞っちゃったりして(いつも、覘いて下さる皆様申し訳ないです)ますが、今日はこれでストレス吹き飛びました。
もちろん、コマイこと言うと、「ええ、ちょっとベタ過ぎない?!」的な振付とか演出とか、アラは無いじゃないが、そんな難しいこと抜きに楽しんじゃった方が、勝ち!ショーとしての、構成が良くできてる。観て楽しい。これに、尽きます。選曲も、耳に馴染みの名曲(これもベタっちゃぁ、ベタだけど)揃いで、演奏もごきげん。金と東フィルじゃぁ、当たり前ですが、息ぴったりの聴いてて安心。オケピに入っての添え物じゃなく、舞台上でしっかり聴かせる。ダンスとクラシックの演奏会の、一粒で二度美味しい状態。例によって、Bunkamura価格のお高いチケットも、これなら許せるか。メインディッシュ2品目頼んじゃったってな感じです。ダンスファンもクラシック音楽ファンも老若男女楽しんじゃえる(実際、客層もそうでした)。
ダンスでは、辻本知彦とスペシャル・ゲストのラスタ・トーマスが、前面にフィーチャーされてて、それも効果的。クラシック出身でストリート的なニュアンスもこなすラスタと、ストリート出身でコンテンポラリー・ダンスでも実力のある辻本が、対照的に活かされてた。とくに、ラスタの円熟して来た感が、あの「俺ってスゲエだろ!」な自己顕示ボウヤだったラスタが円熟するなんて、なんだかとっても感慨深い。辻本も本当に上手いんですが、おんなじ回転を見せるにしても、ラスタは風情を滲ませるのに、ただ完璧に上手に出来ましたで奥行き感が無いのは、まだまだ経験の差か、それとも出自の差(別に貧乏と金持ちとかじゃなくて、クラシックの基礎とストリートから才能一発で出てきた差。でも、私、辻本のダンスかってます→参照)。いずれにしても、ダンサーそれぞれの分野が、うまーく料理されてます。
でも今回は、どうして男子ばかりなのでしょう。一応振付の流れが、ストーリー仕立てになっているので、その辺りの狙いなんでしょうか。ただねぇ、シェーンベルクの『浄夜』、湿度も粘度も高いあの曲で男子ばかりの群舞って、独特の世界?ちょっとキモい。しかし、トリのタイトルにもなってる『ラプソディ・イン・ブルー』で、はじけまくります。タテにもヨコにも回ります!跳びます!宙であんなことも、こんなこともしちゃいます!ホッピングもブレークもありです!もう、技の決闘状態、ここにいたって、ラスタもかつてのヤンチャの片鱗が!!いやー、ダンスってやっぱ楽しいよね、を再認識させてくれました。

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2007年6月 8日 (金)

ミラノ・スカラ座バレエ団 (impression)

ミラノ・スカラ座バレエ団 2007年日本公演
ドン・キホーテ(ヌレエフ版)

6月7日~10日 東京文化会館

Scala_ballet_070309 (画像は公演情報サイトから転載)

久しぶりのバレエ、やっぱ良かったよぉぉ。
ミラノ・スカラ座とはいえ、ムッルもボッレも来ないけど、ゲストは綺羅星。うーん誰を観ようか、迷うところ。でも、ヌレエフのドン・キホーテったら、テクの見せ場テンコ盛り。ならば、ロホでしょ!ということで、初日行ってきました(キトリはタマラ・ロホ、バジルがホセ・カレーニョ)。さすがヌレエフ版、ハデハデ、キラキラ、眩さが舞台から溢れてこぼれ落ちそう。楽しいっ。でね、音も事の他よろしいんですよ。ドン・キホーテといえば、ミンクスの中でもさらに、えー、ちょっとー....(。。)な曲だけど、ヌレエフは編曲のジョン・ランチベリーに大分手を入れさせたので、かなりな名曲に変貌してるわけですが、さらに、東京シティ・フィルってこんなに上手かったっけ、というぐらいな出来で素晴らしかったす。もち、タマラ・ロホの十八番、トリプル織り交ぜグランフェッテも存分に披露してくれたし(あんまり、テクだけで感心しちゃいけないですが、まあでも作品が作品だからいいっしょ。ヌレエフも喜んでくれてるよ、きっと)、もう大満足。(ただ、カレーニョちょっと疲れてたかも。何度かバランスくずしてた。時差ボケか?)
こうなると、上野水香&サラファーノフとか他の日も気になります。ご覧になる方、ぜひレポートを。

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2007年6月 2日 (土)

立川志の輔 (impression)

立川志の輔 独演会

6月1日  横浜・関内ホール

Photo66 (画像はWEBから転載)

いやぁ、最高ですぅ。楽しかったぁ。ここのとこ落語ブームということらしく、どこの寄席や落語会なども賑ってるらしいけど、中でも立川一門のチケットは取りにくく、そのまた中でも志の輔はホント、プラチナチケットといっても大げさでないくらい。何度かトライして、今回やっと入手。もちろん、立川流家元で師匠の談志の人気は、今に始まったことじゃないけど、談志が一定以上のレベルを要求するなど客を選ぶのに対し、志の輔の方がより一般にアッピールするということかも。その勢いも“ガッテン”のいくところ。いや、それにしてもスゴイコトになってる。聞いてはいたけど超満員。私は、先代の小さんと志ん朝が大好きで、かつては寄席にもよく足を運んだものだけど、二人が相次いで亡くなってから、なんだか遠のいてしまってたもんだからびっくり。あの頃は、いくら人気の噺家でも一人で大ホールを満席にするなんて事は、よっぽどだったけどねぇ。
で、今日は独演会ということで二席、まず『親の顔』という新作落語、そして古典の渋いところで『五貫裁き』。当然、枕でいろいろと世相なんかに話が及ぶんだけど、それもすばらしい。普段、TVではNHKの司会者なんかのイイ子的印象が強いけど、どうしてなかなか、その時代、世相を切る切っ先の鋭さと毒を孕んだ笑いのツボ、弟子だけあって談志ゆずり(手振りとかも似てて、髣髴させます)。笑いすぎてというだけでなく、なんだか涙が出てしまいました、感動で。実は私、むかーしっから志の輔もファンでして、彼は30過ぎてサラリーマン(当時の私と同業の広告会社)を辞めて落語家を志したという変り種で、その頃から気になる存在で、かれこれ20年前私がCMクリエイターをしてた頃、ラジオCMのキャラに彼をお願いしたほど(でも、スケジュールとか合わなくて実現しませんでした。今思えば、ホントにザンネン)だから。で、本題の噺、とくに『五貫裁き』なんて、鬼気迫るというか、今日は昼の部でも二席を語りつまり四席目とあって声も枯れ気味なんだけど、噺すほどに迫力が増し何かがノリウツッテましたよ。
それと、前座で登場した弟弟子の立川笑志もよかった。うん、またちょっと寄席通いしちゃおかな。

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2007年6月 1日 (金)

土屋信子 (impression)

土屋信子 「昔々あるところに、魚駐車というプロジェクトがありました」

6月30日まで   SCAI THE BATHHOUSE

Scai01 (画像はWEBより転載)

マッド・サイエンティストの実験工房へ迷い込んだのか、それともモノガタリのからくり部屋に潜り込んだのか。
ビニールのチューブが床を這い、歯車や、コードや、何かの部品、ガラス容器の破片、それらが螺旋や針金で繋がれている作品たち。その一つ一つが、さらに上位の世界観を漂わせてる。何かの「意味」をつむいでいる様でいて、何だか行為の無意味さを問うているような。ただ、どこか鼻腔をくすぐる匂いを伴うような印象が、既視感をチリチリと刺激してくるもんだから、何ともその場を離れ難い。それが、世界の現代アートコレクターたちを魅了してるに違いないね。
1972年横浜で生まれた土屋信子は、現在はロンドン在住で制作活動を行っている。2003年ベネチアビエンナーレへの出展以来、世界で注目を浴びているが、そんな彼女の全貌に触れることのできる、日本初の展覧会です。「サカナ?チュウシャ?」、だけど私は好きです。

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2007年5月28日 (月)

土方巽舞踏大解剖 (impression)

〈正面の衣裳〉 (1976年舞台記録映像)全編上映  構成・演出・振付:土方巽 主演:山本萌

5月25日 慶應義塾大学 日吉キャンパス来往舎シンポジウムスペース

1日遅れたら、麻疹による全学休校で危なかったですが、無事開催されました。慶応アート・センターのDMCプロジェクトでは、土方の映像や資料のアーカイブ化が進められているけれど、その一環としての、レア映像の上映および山本萌(金沢舞踏館)のトーク。
70年代に入って自ら舞台に立たなくなった土方が企図していた「舞踏譜の舞踏」、そのひとつの到達点としての『正面の衣裳』。時を経た、しかも私蔵版だけに、映像の乱れなど「お見苦しい箇所」も多々あったけど、当時の雰囲気を偲ぶには充分。山本のほかにも、和栗、小山といった面々も懐かしかったし。あの舞踏の客席との共有空気感は映像だけに望むべくもないけど、その後のトークでの山本萌の熱いトークが、当時の熱気を甦らせてくれました。
DMCプロジェクトでは、この『正面の衣裳』の再上演化と、約5000におよぶのすべての「動き」のデジタル映像化(「インク壺が右のコメカミで破裂する」といった土方の言語表現と結んで)をすすめているとか。そのデータ、すごーく欲しいんですけど。

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2007年5月21日 (月)

日本マラルメ研究会研究発表 (impression)

村上由美「マラルメにおける舞踊-バレエ評論にみられる具体的イメージと詩的イメージ」
谷とも子「マラルメにおける音楽的なるものの獲得と錬金術-キネシスの延長と転移にみるフィギュールの読解と潜在性」

5月19日 明治大学リバティータワー 1156教室

村上さんの発表は、先日もダンス・スタディー研究会で拝聴したものだが、これまで評論というよりも難解で散文詩的に理解されていたマラルメの舞踊論を、発掘されたバレエ台本『ヴィヴィアーヌ』と照らし合わせるという画期的試みによって、実は具体的なイメージに富んだものであることを明らかにしてくれた。つまりそれは、マラルメの美学からしたら憤懣やる方無い、当時の虚飾的なバレエ演出に対する、マラルメ流の「ツッコミ」だったんだね。
そして今回、谷さんのキネシス=運動とフィギュール、イマージュとの関係性における読解の可能性を合わせて聴くことで、例えば、バレエのパがエクリチュールを生成するとマラルメは言っているけど、彼にとってエフェメラルな現れ、移り行く「生成」とその運動性が重要であったんだ。という風に見て行くと、うーんなるほど新しくて面白いです。そうだ後で気付いたんだけど、アスペクトとの係りも、質問してみればよかったよ。

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2007年5月18日 (金)

アラン・プラテル・バレエ団「聖母マリアの祈り」(impression)

アラン・プラテル・バレエ団「聖母マリアの祈りvsprs」

5月17日、19日、20日  Bunkamuraオーチャードホール

Platel07_01 (画像は公式HPより転載)

愛おしくて、切なくて、言葉で語りえない共同体への明けを垣間見ました。
痙攣や引きつり、煩悶するような変則的なダンス。でも、それは最近の日本であり勝ちなフリークス・異形や、憑物のモノの怪・異界ではなく、どこまでも人間臭い。人間だから病み萎える、いや病み萎えるからこそ人間(ちょっと相田みつをっぽいか^^;)。その紙一重の踏みとどまり方が、見事。ヒリヒリと愛おしく、切ない。
資本主義の強いる乖離性同一性障害、狭量な民族・宗教・国家主義の陥る強迫神経症、そうした精神症と神経症が境界例のごとく舞台上で絡み合う。そして最後に訪れる、ギリギリの受容(ひとりひとりを、よしよしってハグしたくなるです)、それは明けなのか。
ダンサーの鍛え抜かれた身体、正確無比超絶のテクニック、そしてモンテヴェルディの『聖母マリアの夕べの祈り』をモチーフに、バロック・アンサンブルとロマのバンドによる即興風のセッション音楽にも感涙です。CD買っちゃった、今もちろんBGM中。
客席の3分の1が空いてたのが、寂しい(Bunkamuraの公演高額だからね;;)。ヨーロッパも日本もどうなってっちゃうんだろ?的なこんな世界状況の今、観なくてはいけないと思います。得るもの大きいです。

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2007年5月16日 (水)

須磨源氏 (impression)

能・須磨源氏 小書 - クツロギ - (観世流)

5月16日 国立能楽堂

「須磨源氏」は、伊勢参りの際に須磨に立ち寄った宮崎(いま何かと話題っすね)の神官・藤原興範の前に、光源氏の亡霊がたち現れるというもので、シテの流麗な“早舞”が見所。“早舞”とは、高貴な亡霊の舞で、袖を翻すような乗りが見もの。この曲ではその“早舞”は、最後の最後クライマックスに舞われるので、それまでのやり取りが、まるで焦らしの為のナガーイ前戯かとも思えるほど。しかも今回は、小書(「清経」の時にも触れたように、特別な演出を付すこと)- クツロギ -ということで、さらに加速度的に流れるようなノリノリの舞が期待されます。
ところが、今宵のシテ長島忠侈、貴公子然とした高貴な雅さは出ていたものの、力が入りすぎたものか、舞の流れがどうも...。間も、活きていなかったし。このクツロギは、緩急自在が命なんだが、急なままの一本調子、あの永遠を呼び込むような“せぬまま”が訪れることは無かったです。小書きを、意識しすぎたか?小書きは、その当時は、即興的に囃子方とシテとの呼吸の妙を魅せたとか。だから、固定演出となってしまった現在でも、その辺の気色は欲しいところだったのにナァ。小書きではない通常演出でじっくり取り組んだ方が良かったかも。かように、シテの出来で曲ががらっと変わってしまうのか、という良い?見本、ひとつ勉強できたということで、納得するしかないか。あっでも、囃子方はスゴク良かった!ナガシ(同じ音を、高まるように打ち続ける技法)とか、太鼓と鼓の鬼気迫る駆け引き!!そうか邦楽ライブに行ったと思えば、って酷いこと言い過ぎてる?でも、あのシテじゃねぇ。せっかくの中将の面も、アオニブに煌く長絹もT T)。お世辞にも「能」を鑑賞したとは、言えんですよ。

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2007年5月14日 (月)

これから観に行きます。Vol.8 (information)

須磨源氏・飛越 5月16日 国立能楽堂

 ここのところ月例と化してしまった能楽堂通い。今月は定例公演、観世流の須磨源氏です。

アラン・プラテル・バレエ団「聖母マリアの祈り vsprs」 5月15日 テアトロ・シーリオ・ショウワ 5月17日~5月20日 Bunkamuraオーチャードホール

 先の仏大統領選挙じゃないけれど、アメリカ型市場優先主義と右傾化とに引き裂かれつつあるヨーロッパ。痙攣、もだえ、苦しみのダンスが繰り広げられる本作は、憂うヨーロッパの良心最後の砦か。7年ぶりのプラテルに期待!!

マラルメ研究会・研究発表「マラルメにおける舞踊」「マラルメにおける音楽的なるものの獲得と錬金術」 5月19日(10:00~12:30)明治大学リバティータワー1156教室

 偶然にも私が参加している二つの研究会から、お二人の発表者。ダンス・スタディーズ研究会から村上さん、マラルメの舞踊評論読解には目から鱗の驚きが。ダダ・シュルレアリスム研究会の谷さん、キネシスの延長と転移にみるフィギュール、興味津々です。

立川志の輔 独演会 6月1日 横浜・関内ホール 

 チケット入手しにくい立川一門の中でも、本当にプラチナ・チケットの志の輔!やっとゲットしたよぅ(;;)!!

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2007年5月10日 (木)

リアルのためのフィクション (impression)

リアルのためのフィクション Fiction for the Real

5月27日まで  東京国立近代美術館

以前、広告クリエイターをしていたころ、「スライス・オブ・ライフ」という言葉に違和感を覚えた。「スライス・オブ・ライフ」とは、広告表現のひとつの手法で、ごくありふれた日常生活のひとこまを切り取ることで、リアリティを持たせようというもの。生活用品の広告などには、効果的と言われてた。けれどです、切り取るべき対象となる、ありふれた日常って?そんなもの、何処にあるの?市民生活だって、すでに当時メディアからの影響に侵食されきっていた。みんなが純朴に現実と思いこんでいるものも、TVドラマの模倣だったり。それを、スライスしてCMに仕立ててみたって、どうなの?リアリティの在り処って?そもそもオリジンな日常なんてどこにもないってことは、先日死んじゃったボードリヤールがとっくに喝破してた。にもかかわらず、「スライス・オブ・ライフ」を信奉する、ディレクターたちの愚鈍ぶりにもあきれたものだけど...。

現実もフィクションも区別のなくなってしまったこの時代、「リアル」なものに迫るための、アプローチとしてのフィクション。そんな逆説的な現代アートの表現を集めた企画展ということで、目の着け何処は面白いか。でもでも、安易な「リアル」にちょっと懐疑です。文脈によっては、触れた途端に“人間”という華奢な“症候”など壊れてしまうほど怖いもの、それが「リアル」。直視したら失明してしまう太陽、それが「リアル」。よって、安直な「リアル」というタームの使用に、ちょと疑義を呈しておきます。(「リアリティ」という言葉の方が、適切だと思いますが。ところで、いわば“あるある”とかのお笑いネタが、最も「リアリティ」であるような現状に、先のディレクター諸氏は何を思うのだろう....ってなんにも考えちゃないよなきっと。)
でタームの問題はおいとくとして、やなぎみわの『案内嬢の部屋』のような見慣れた有名作品も、こうした企画にあらためて置き直されると、なるほどね。動く歩道の続く先、遠近法でいうヴァニシング・ポイントが、まさに闇と光明の中へヴァニシングしている。それは、「スライス・オブ・ライフ」の写し取った日常、その日常が写し取ったドラマ、そのドラマが写し取った日常、その日常が写し取ったCM.............とどこまでも無限後退に続く果て無さへの言及。直視を許さぬ恐ろしき「リアル」の底なし。
塩田千春の『Bathroom』は、のっぺり起伏なくスクロールし続ける日常平原に、自ら“儀式”という汚れたマーキングをしなければ、自身フィクションに囚われてしまう(映画『トワイライトゾーン』で、アニメーション世界の住人にさせられてしまったお姉さんの様に)という切羽詰ったもの。というように、どれも「本当は恐ろしいフィクション」、ということは、すでに「リアル」のトバ口に連れてゆかれているんでしょうね。

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2007年5月 4日 (金)

朝海 陽子”Trigger ” (impression)

朝海 陽子 ”Trigger ”

5月12日まで  ZEIT-FOTO SALON

Asakai (画像はWEBから転載)

海岸線に佇む人のシルエット。皆一様に海を眺めている。モノクロの広角で切り取られた時間は、懐かしい音と匂いを運んでくる。届いてくるのは潮騒ではない。記憶や無意識といった内面のマテリアル、それはイコール外部に他ならない。渚は、外の波が打ち寄せる、内と外のミギワ。そこに佇むとき人は、外からとともに内なる訪れを受け取る。他からの郵便として。瞬間と永遠。そんな、解く事の適わぬ謎が、波打ち際に打ち寄せられる。南洋から、古い壜に詰められて。確かに行った事がある、見た事がある、けれど何処にもない、そんな海を写し撮る魔法の“Trigger”。

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2007年5月 2日 (水)

魚と寝る女 (impression)

『魚と寝る女』『鰐』日本上陸記念!!まだま続くギドク・マンダラ

5月18日まで  ユーロスペース

21t4y58566l (画像はDVD情報サイトから転載)

私とかの世代の映画好きにとって韓国映画といえばたぶん、李長鎬(イ・チャンホ)監督『旅人は休まない』(1987年) 、張吉秀(チャン・ギス)監督『銀馬将軍は来なかった』(1991年)、洪尚秀(ホン・サンス)監督『豚が井戸に落ちた日』(1996年)なんかが、すぐに思い浮かぶんじゃないかな。つまり、韓国映画は、なんたって文芸作などアート系のイメージ。もちろん、娯楽映画だって当然作られていたんだろうけど、日本で公開されるのはいわゆる単館モノで、地味だけど良質な映画が主だったから。それが、いつからか、あんな映画が上映され、こんなTVドラマが放映され、かくかくの韓国俳優たちがメディアを彩るようになると、状況は一変してしまった。あの大手広告代理店とメディアが仕組んだ虚像のブームだったはずが、見事にハマってしまったオバサマたちのパワーで、韓流という名のムーブメントが押し寄せることになる。ここに至ってもともと細々としか公開されなかった韓国アート映画は、見る影もなくなってしまった。アート系と娯楽作との線引き問題とか、さらに韓国映画の日本など足元にも及ばない世界セールス体制の(日本のミーハーオバサンの貢献だけではない)恩恵とかは置いとくとしても。
で、韓流オバさまパワーに圧されて小さくなっていた、韓国アート映画ファン待望の救世主なんです、キム・ギドク。そんな我々の思いを知ってか知らずか、自らの映画監督生命をかけて、『グエムル』に“鰐”よろしくガブリと噛み付いてくれたのにも、なんて胸のすく思いをしたことか。そんな彼の長編デビュー作『鰐』が公開されるのを記念して、3月のギドク・マンダラ(ギドク作品の一挙上映)のアンコールが行われている。『魚と寝る女』は、彼の2000年の作品で日本では最初に紹介された。初公開時に観たのだけれど、どうしてももう一度スクリーンで観たくてこの機会に行ってきました。やはり、凄い。“スゴイ”ではなく、“凄い”。ぜったい、漢字の“凄み感”ある“凄い”です。眼を覆いたくなるようなイタミに満ちた(釣り針など直接的な描写だけでなく、不安定な色合い、フレーミングも含め)映画だが、そうしたイタミや汚れが美へと昇華する、崇高の奥義を極めた一人です、キム・ギドク。喪失したのではなく、自ら捨て去った“言葉”。『鰐』や他の作品でも重要なモチーフとなる“水”。そして、エロスと暴力、そんなものには慣らされているはずの現代東京文化ドップリの我々にも、とてつもない傷みをもって迫る。それは、鈍く内臓にひびく。そう、いまや世界の映画界では絶滅の危機にあるともいえる、内臓感覚を持った奇跡的な作品。再び観て、それが間違いではなかったこと、しっかり確認できました。

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2007年4月27日 (金)

西行桜 (impression)

『西行桜』 能(金春流) シテ:高橋汎

4月26日  国立能楽堂

周りを取り囲んだ蝋燭の柔らかな灯りに揺らめく舞台は、いつもの国立能楽堂の空間とは違って見える。ドタバタ喜劇とも見紛う、賑やかな狂言『真奪』も、何だか幻想的な話にさえ思われた。
今夜は、<蝋燭の灯りによる>企画公演。いつもの客電も明るい能楽堂と違って、舞台が仄かに揺らめいている。春の艶めいた空気が、蝋燭の柔らかな輪光に溶け込み滲ませ、夢幻の境地へと移ろう頃ワキの西行が登場する。前場は、喧騒を嫌って邸内の桜の花見を禁止したところへ、花見客が押しかけシブシブ招き入れる西行と客たちとのヤリトリ。私は前日の寝不足もあり、蝋燭の催眠効果も手伝ってかウツラウツラしながら夢ともつかぬ心地。やがて、有名な「花見んと群れつつ....」の桜の罪を吟じる西行。それを、聞きとがめたシテ、古木の精が現れる。突如、場の空気、力の流れが変じ、私の眠気もスウット消え失せた。そして、<クセ>、<序の舞>へと運び、狩衣の金地が、焔をうけてニビイロの表情に揺らめき、面も息を与えられたように語りだす。昨年のプライスコレクションによる伊藤若冲展で、屏風の金地が明暗でいかに表情を変えるか教えられたが、まさに今宵の金の狩衣のあやかしさといったら...。世阿弥(一説には禅竹作とも伝えられている)の夢幻能の究極とも言いえる本曲、先週の「隅田川」の写実とは対極にあって、ストーリーは付け足しに過ぎない。桜の古木の精は、世阿弥の美学で「まことの花」と謳われた、老木に咲く花そのもの、その<舞>のためだけにある曲といっても過言ではない。そして、「今宵は花の下臥して、夜と共に眺め明かさん」と、夜桜一夜の舞である限りには、この<蝋燭>企画ほど、夢幻を醸すに相応しい演出はないだろう。シテ:高橋汎の舞も、<場>に抗うのではなく、力の狭間に身を任せ、まさに宙を舞うかの如くコスモスをみごとに現出させた。やがて、西行の縁によって、仏法に触れ桜の老精は浄土へと帰依するように、橋掛かりを静寂を引き連れ立ち去ってゆく。感動を通り越し、衝撃的な鳥肌体験が背筋をはしりました。

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2007年4月24日 (火)

隅田川 (impression)

『隅田川』能(宝生流) シテ:三川淳雄
『花盗人』狂言(大蔵流) シテ:山本則直

4月20日 国立能楽堂

国立能楽堂の4月公演は、季節にちなんで“桜の咲く頃”月間特集。東京では、ちょっと桜には遅いけど、春の宵は、能鑑賞にはもって来い(とかなんとか春に限らず、のべつ理由つけては行ってますが)。
『隅田川』は、世阿弥の実子、観世十郎元雅の代表作です。人買いにさらわれた我が子を捜し求めて、京の都から遥々東は武蔵の地まで訪ね来たった母を描いた、いわゆる狂女物。しかし、狂女物とはいっても、短い〈カケリ〉(狂女物の狂乱状態をあらわす舞と囃)があるぐらいで、沈うつな雰囲気に終始し、世阿弥の作品のような“狂う”面白さや華やぎはありません。狂女物は本来、夢幻能や修羅物が劇の時間軸を超え出て“舞”を作品構造の中心(あるいはブリッジ)に置くのとちがい、愛しいわが子と生き別れた母の物狂いゆえに舞うという、劇の進行を重視したリアリティなドラマ。中でも『隅田川』は、『三井寺』や『百萬』など他の曲が、はぐれた子供と結局は再会を果たすハッピーエンドに対し、亡き子供の亡霊との儚き出会いはあるものの、生きての邂逅は叶わない。そこが狂女物中唯一の悲劇といわれる所以であり、写実を旨とした元雅の真骨頂(カケリ以外の舞も無い)。だからこそ、後に翻案され、近松の浄瑠璃『双生隅田川』、歌舞伎の『出世隅田川』、さらにオペラ『カリュー・リバー』など数多くの作品群を生んだのでしょう。(でも、考えてみると亡霊が登場する点では、狂女物の中では珍しく夢幻能の流れを汲んでいる。だけど、ストーリー的には写実を重んじているという、面白い位置にある曲ともいえますね。)
下掛宝生流(ワキ方の流派)・人間国宝の宝生閑の渡守は、とくに母と旅人を乗せての渡しの途中、向こう岸に聞こえる大念仏の始終(実は、母の捜し求める梅若丸の命日)を語る場面が後の予感をはらんで迫り来るものがありました。そして、深井あるいは曲見(しゃくみ)の面をかけ(後方の席のため判別できませんでした)、無紅(いろなし)の装束をつけたシテ/母:三川淳雄のシオル姿、その抑制された演技も美しさを極め、涙ぐむお客さんも見うけられました。(ただ、劇に重きを置く曲であるだけに、あの“舞”の醍醐味、場と身体との力のせめぎあいによって生じる律動を味わえないのが、物足りなくもあります。もとよりこれは、演じ手の所為では全くありませんが。)
『花盗人』は、可愛がっている若い僧にねだられて、人の庭の桜の枝を折ってしまう三位(偉い僧のこと)と、それを捕まえようとする桜の持ち主との顛末を描いた狂言。酒宴の楽しさ、そして、シテ三位を演じる山本則直の、とぼけた味わいと風雅さのバランスが、絶妙でした。
実はまた今週26日、企画公演<蝋燭の灯りによる>『西行桜』、鑑能してまいります。

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2007年4月19日 (木)

場所と思い出 (impression)

『場所と思い出』 兵庫県立ピッコロ劇団 別役実作 松本修演出

4月19日~22日  俳優座劇場

0059 (画像はチラシをSCAN)

バス停 ベンチ 傾いた電柱 砂に埋もれたポスト(赤い筒型の)...そのどれもが朽ちかけている。
またしても、別役の世界に迷い込んできました。70歳を記念する別役実祭りの最後の演目(寂しい)。そして、別役本人が、劇団代表を務める兵庫県立ピッコロ劇団が、そのトリを飾ります。私は、初めて、関西訛りの別役芝居を体験したけれど、これがとってもいい!!理不尽なセリフや、図々しい申し出、歯車のかみ合わない会話も、妙に自然にありそうに思えてしまう。あっいや、関西の人が理不尽だとか図々しいとか言ってるんではなくて、ちょっと距離のそう遠くない非日常の感じが醸し出されてるって言うか。でも、それもこれも役者さんの名演と、松本修の手足れな演出があったればこそ、今回の祭りの最後に相応しい作品、出来です。
この『場所と思い出』は、1977年に手の会によって初演された、30年前の比較的初期の作品。にも関わらず、内容的には全然古びていない、どころか、とっても現代的な問題を孕んでいる。来るはずも無いバスを待つよそ者のセールスマンを、町の人たちが泥沼のような背理の中に引き擦り込んでゆく。最初のちょっとした妥協や譲歩が、気がつけばもはや抜け出せないところまで来ている。そのやり口は、どっかの政府とそっくりだ。人のいいのにつけ込まれるセールスマンのドジなその姿を笑いながらも、背筋の寒くなるような恐ろしさを感じるのは故無いことではない。そして、他者の欲望を欲望する、人間という症候。
ところで、思えば昔、別役の芝居でこんなに笑い転げて観たことがあったろうか。それこそ、初演の70年代ごろは、ありがたい不条理演劇の巨匠作品でバカ笑いするなんて憚られ、不謹慎なことだったような。それが、もう10年前になるけど、青山円形劇場でのやはり別役特集で、ケラや宮沢章夫の演出した作品に笑い転げながら、「はて、別役でこんなに笑ったりしてよかったっけ」とちょっと遠慮気味になってたところ、後ろの方からひときわ高い笑い声、なんと当の別役本人が大笑いしてた。あの頃から、「今は喜劇の時代だ」と確信犯的になったようだ。けど、そんな流れの中で今回のような昔の作品を改めてみると、その毒の部分がより際立って見える気が。あるいは、別役の予言通りに、時代が成ってしまったのか。まさにチラシのコピー「おもろうて...やがて恐ろしき...別役喜劇。」今回は、『やってきたゴドー』のときとは違って、若い観客も多く(ちょっと嬉しい)、彼らがこの芝居に何を見たのか、気になるところ。気になるといえば、このピッコロ劇団版は、この後7月に、モスクワは、メイエルホリド(なんて素敵な劇場名! )・シアターで上演される。うう、現地で観てみたいよ。

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2007年4月16日 (月)

澁澤龍彦 幻想美術館 (impression)

澁澤龍彦-幻想美術館

4月7日~5月20日  埼玉県立近代美術館

“澁澤”でしょ、“幻想美術”でしょ、もうタイトルだけでムズムズっ。ここんとこ観てきた「シュルレアリスム展」とも「中村宏展」とも、ふかーく繋がってるし、もちろん土方や唐も。けどしかし、チラシに並ぶ出品作家は、おなじみの方々で、とくに今更目新しいものは無いんだよね、だから正直当初は展覧会観るというより、図録入手を一番の目的で出かけた(しかも図録も平凡社の出版で、一般書店でも手に入ることが後で判明)、天気も良かったし(実は、もうひとつ目的あり、それは後述)。でもでも、行って良かったよ。
今年没後20年(もう、そんなに経つんだね)ということでの企画展、編年形式、テーマごとに7つに分けたゾーンに、澁澤が影響を受けた、愛した、関った、発掘したなどなどの作品やら資料やら人物写真やらが、並んでいる。思った通り、幾度と無く目にしてきたものがほとんど。けれど、いままで別々に接していたそれらが、澁澤という指向に連なり置かれると、まるで、その脳内を遊泳するかのごとく感じが沸々と。と同時に、私自身の偏愛の変遷とでもいったものと二重写しになり、幻想迷路の様相を呈したりして。多くの美術エッセーをも物してきた澁澤だけど、彼の美術史には、写実もロマン主義も印象派も登場しない。マニエリスムからルドン、モローといった退廃系、そしてシュルレアル。たびたび、このブログに載せてきたように、私も小学生で“紅テント”、中一で“マグリット”らの洗礼を受け、同等の美への偏向を歩んだ。マグリット展の図録に次いで、小遣いためて最初に買った画集もルドンだし。でも、そのころまだ澁澤を、はっきりとは認識してなくて、15歳の誕生日に親にねだって、かの“手帳三部作”の第一作『毒薬の手帳』を買ってもらったのが(この話をすると、みんなに、欲しがる子供も変なら、買い与える親も親だと言われます(^-^;)、正式な澁澤との出会い。いまは、河出文庫になってるけど、当時は箱入りの立派な装丁で、三部揃った赤と黒と緑の3冊が本棚で輝いてたなぁ(もちろん今でも)。で、そんなわが身も振り返り、意識してたかどうかに関らず、澁澤の大きな影響下にあったことを再確認。いえ、私ばかりでなく60年代の新宿系アングラ文化から、80年代の渋谷公園通りPARCO系サブカルまで、劇場消費社会にさえも連なる戦後のひとつの“美”の系譜を創ってきたんだ。(細江英公撮影、鎌倉の浜辺でコイコイに興じる、在りし日の澁澤と矢川澄子に心がギュッとなりました。澁澤の最初の奥様、矢川さんとは、彼女が死ぬ直前、翻訳の仕事でお世話になりました...。)
で、この所の埼玉詣でもこれで一段落ということで、帰路せっかくなので東十条途中下車、そうです、もうひとつの目的“埼玉屋”へ。けどね、恐れていたことが、まだ5時だというのにいっぱい、ネタ切れにつき閉店とのこと。エーっ(+_+;)!でも、ダイジョブ、埼玉がダメなら新潟があるもんね。そう信号を反対にちょと行けば“新潟屋”、やっぱ混んでたけど何とかはいれて、おいしい煮込みやもつ焼きがアーっv(≧∇≦)v、てなことで堪能しきりの週末でした。

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2007年4月11日 (水)

ローザス/デッシュ (impression)

ローザス/デッシュ(ザ・セカンド・パート・オブ・ザ・ナイト)

4月10日~12日 彩の国さいたま芸術劇場

踊ってる方も観ている方も、健康になりそう!インドの古典音楽“ラーガ”を、モチーフとコンセプトにし、アンヌ・テレサ本人とマリオン・バレスター、サルヴァ・サンチェスの3人のダンサーが、織り成す作品。パンフにも「ダンスのタペストリー」と形容されているけど、まさしく“織り成す”という言葉が相応しい。終演後にインド舞踊に詳しい知人に聞いたところ、さほどインド舞踊のムーブメントが取り入れられているわけではないそうだけど、ヨーガを学んできたというその振り付けには、やはり東洋を思わせる独特のクルクッルっと捻る動きとポーズが織り込まれている。しかし、どこまでも滑らかに優しくゆったりとした流れ。マラルメは「ダンスが音楽を抱く」ということを言っていたけど、このデッシュは、抗せずまるで音楽に抱かれ、たゆたうように進行する。例えば、『ローザス・ダンス・ローザス』の頃のキレとスピードとは、対照的(でも何故か舞台両袖には、木のイスが何脚も置かれていて、「おお、やっぱローザスはイスか?」なんて思わせてくれたり)。
その流麗さの一方、緻密さも垣間見え、ダニエル・ラリューにちょっと通じる気も。ラリューは建築を学んだことで、コンポジションやムーブメントに建築的な構造を持ち込んだけど、今回のローザス作品は、もっと流体力学的な、あるいは光の波動と粒子の構造みたいなものが通底している。
ただ、難点もある。まず、複数で踊るときに完全なユニゾンではなく微妙なズレや差異を意識的に生じさせてるのだけれど、がために、かえって段取りっぽさが観ている方にも意識されてしまう。片割れの進行を確認しながら踊っているのが看取できてしまって、踊りのお師匠さんがさらっているようでもあった。そして、もうひとつは、一曲だけラーガではない、コルトレーンの曲が差し挟まれ、サルヴァ・サンチェスが自身の振り付けで踊るのだけれど、「ああ、コルトレーンを踊るって本当に難しいんだなぁ」というのを改めて確認させてくれてしまった。作品の構成上、変化をつける意味で必要なパートでは、あるんだろうけど...。
とは言え、一緒にたゆたう時間が過ごせるし、ローザスの新しい領域を確かめる意味でも、見逃せない作品です。

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2007年4月 7日 (土)

イザベラの部屋 (impression)

ヤン・ロワース&ニードカンパニー『イザベラの部屋』

4月6日~8日 彩の国さいたま芸術劇場

0056 (画像はチラシをSCAN)

行ってきました、埼玉詣での4月、第1弾。ファーブルと並ぶもう一人のヤンなどとその仕事の評判だけは届けられながら、今まで来日公演が無かったのが信じられないですが、とうとうそのナマの姿、全貌を魅せてくれました。アフリカの骨董品の収集家だったというヤン・ロワースの実の父、その父の生と死の意味を問うように、イザベラという架空の盲目の老女を巡る20世紀の出来事が展開してゆく作品。舞台上には、父の残した夥しい骨董、民芸品が並べられ(同じくヤンでもチェコの映像作家ヤン・シュヴァンクマイエルの住まい兼ギャラリーも珍奇なものに溢れてこんな感じ)、イザベラを取り巻く死者、生者、彼女の右脳、左脳が入り乱れ、かなり取散らかってくれます。セリフが多く、そこに歌やダンス、演奏もからみ、それは、舞台上の一つの物語に回収されてしまわぬ為の戦略でしょうか。あるいは、イザベラとは、20世紀という時代の擬人であり、舞台は彼女の妄想の開陳、それは取りも直さず為政者や科学者や運動家、思想家たちの妄想であるような。ベルギーは、多言語国家であり、政治や文化ときに戦争の混交するヨーロッパの交差点。故に「ベルギー王立美術館展」の感想にも記したように、独特のアスペクトやパースペクィブの感覚(空間ばかりでなく歴史的、時間的にも)を育み、ブリューゲルからデルボーなどの奇想を生んできた。だから、20世紀の生と死その妄想と混沌の舞台のあとでも、「わたしたちは歩き続ける、歩いて歩いて歩き続けるだけ」と明るく歌ってしまえるのでしょう。出演者一人一人の個性、存在感も素晴らしく、長めの作品でありながら、あっという間の2時間でした。
来週はローザス、さいたまは続きます。

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壊れた風景 (impression)

壊れた風景

4月6日~15日  俳優座劇場

0055 (画像はチラシをSCAN)

人というのは、思わぬ(誰も居ないと思ってズルをしてたような)ところを見られると、つい笑ってしまう。照れて笑い、ごまかして笑い、決定的な場面であるほど、大笑いするしかなくなってしまう。別役作品を見ながら、笑い転げていて、ふとそんなことを感じる。これは、見られている、見透かされている、観客である我々の方が。この『壊れた風景』の中でも、留守の他人の食事に手をつけることを拒んでいたお母さんが、最後には「中途半端に残してもしょうがないし」とヌケヌケとパクつくようなとき、当然客席は笑いの渦なのだが、誰もが身に覚えを感じているはず。善良ぶって取り繕っていても、手を染めれば際限なく、加担しているというようなことを。別役の作品は、不条理と形容されるように極端にデフォルメされてはいるけれど、その細部をみれば、実に小市民の日常に溢れている。それは、キュビズム絵画をも思わせる、パースペクティブはゆがんでいても、パーツパーツは、実在のもの。それこそ『壊れた風景』なんだ。

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2007年4月 2日 (月)

これから観に行きます。 vol.7 (information)

先日のココログのサーバ・メンテナンスが行われて以降、当ブログの背景色の立ち上がりが悪くなってしまいました。
一度、スクロールすると直るようですが...。

今月も、主な出かける予定イベントです。

別役実 祭り in 俳優座劇場
 俳優座劇場プロデュース公演 『壊れた風景』 4月6日~15日 俳優座劇場
 兵庫県立ピッコロ劇団公演 『場所と思い出』  4月19日~22日  俳優座劇場

現在俳優座劇場にて開催中の別役祭り。先日の『やってきたゴドー』(過去記事)の勢いにのって、70年代の代表作2本。俳優座劇場プロデュースもだけど、別役本人が劇団代表のピッコロ劇団も楽しみ~!!

ヤン・ロワース&ニードカンパニー 『イザベラの部屋』  4月6日~8日  彩の国さいたま芸術劇場

ベルギーのもうひとりのヤン。20世紀のベルギーといえば、大戦と運動の一大交差点、その一大絵巻が繰り広げられるらしい。

ローザス 『デッシュ(ザ・セカンド・ハート・オブ・ザ・ナイト)』 4月10日~12日 彩の国さいたま芸術劇場

インドのラーガ、ジョン・コルトレーンの「インディア」、そして長年のヨーガ研究?! 観て正体を確かめなくては!!

能『 隅田川』 三川淳雄(宝生流) 狂言『花盗人』 山本則直(大蔵流) 4月20日 国立能楽堂
能『西行桜』 高橋汎(金春流) 狂言『真奪』 石田幸雄(和泉流) 4月26日 国立能楽堂

春の宵といえば、やはり幽玄に誘われます。

「澁澤龍彦-幻想美術館」展 4月7日~5月20日 埼玉県立近代美術館

ブリューゲルやアルチンボルド、河鍋暁斎から小林健二と、澁澤の愛した作品が一同に。今月は、東京縦断さいたま詣でです。

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2007年3月30日 (金)

指輪ホテル BATIK (impression)

指輪ホテル 「YIN & YANG」
 (Please Send Junk Food)
 (CANDIES girlish hardcore)
3月28日~31日  森下スタジオ

BATIK 「ペンダントイヴ」
3月29日~31日 世田谷パブリックシアター

いろいろと共通点の多い二つのカンパニーを、二晩続けて観ました。両者とも女性の主宰者で、メンバーも全員女性(スタッフは別)。まあ、これに関しては、特段珍しくはないけど、キノコもそうだし以前はレニバッソなんかもそうだった。特に目立った共通点といえば、作品が「ジェンダー」を前面に押し出していると語られることが多いところでしょうか。露出が多いとこもね。ただその方向性は、BATIKが少女性(というより小児性?)、それに対し指輪は、より大人の女性性(「少女」をモチーフにもしているけど)というふうにちょっと違う。

で、まず指輪ホテル。ちょっと早めに着くと、そこにはすでに開場を待つ男の一群。しかも、みな会社帰りのネクタイ族と思しき風情。うっ!この人たちと同類になるのは、イヤっ!と、何故か反射的に身体が反応し、一瞬ひるむ(^o^;。案の定というか何というか、開場と同時にその一群は我先がちになだれ込み、あっという間に最前列は埋まってしまった( ̄□ ̄;)。けどまあ、この人たちはこの人たちで、ものすごく熱心な指輪ファンには違いないわけで、多少アート的な関心を超越してしまっているにしても。そして、今回は2作品の連続上演ということで、レヴューの旧作品「Please Send Junk Food」ではじまり、いきなりの露出過多、最前列の熱気も一気に最高潮へ(って、その話はもういいって(^◇^;)。でも、彼女たちの胸を覆っていたアンパンをもらったオジ様は、照れながらもご満悦、よかった、よかった)。ところで、「ジェンダー」のことが、必ず話題になる指輪の公演ですが、その「ジェンダー」の由来にちょっと思いを馳せてしまう。ジャック・ラカンは、「女は存在しない」という過激な言動で誤解され、フェミニズム陣から総攻撃を食らったけれど、実はそれはほんとに誤解。簡単に言うと、「男」というモノは単純で(あくまで、精神分析的な言説においてね)定義しやすいのに対し、「女」という固定的な規定は設け難く(あくまで、精神分析的にですよ)、「男」以外のものとしか説明できないという意味。つまり、女の存在って何処までいっても、やはり無限で謎なんですね。そんなことぁ、ラカンにあらためて言われなくたって、太古の昔から男は(女自身も)悩まされてきたわけだよね。だから、指輪が仕掛ける「ジェンダー」=女性性は、自然に生まれるものではなく、意識的にせよ無意識的にせよ、あくまで彼女たちが茫洋たる無限の「女性」の中から選び取っているものということになる。あの男目線を完全に意識した、自己投影的なコケットな女性イメージ、裸になったり、風呂上りスタイルでのパフォーマンス。したがってそれらは、男を機軸とする文化・社会への、鏡像を介することによるポリティカルな告発にも見える。でも、実はそれだけではないんじゃないか。「Junk Food」での、ブラに明示されたバストサイズとカップ、透明ビニールのコートに貼付されたコミックの吹出しを客に読み取らせるとき、そして新作「CANDIES girlish hardcore」で、刺青という形で肌にまとった梵字、それらは、コードや文字、言葉(シニフィアン)というシステムをまとってしか生の場を得られないこと、社会的な「ジェンダー」に阻まれ、真の「ジェンダー」への直接性を喪失していること、そのことをも問うているんじゃないだろうか。だから、先行する海外での「CANDIES」の公演で、排泄物としてのパンケーキ(客席に背中を向けた裸の卯月さんが、排泄するような仕種でホットプレートの上に材料を落とす)に興味関心が集中したのも宜なるかな、言葉というシステムで生かされる人間は、そこからどうしたって零れ落ちてしまう排泄物を、欲望として行く(逝く)しかないのだから。

一方次の晩に観たBATIKは、<ちょっとヒリつく風味の、世界の奇祭大会>。面白いもので、指輪が男の股間を刺激する(かつて男性誌に「指輪ホテルは、ゴカンとコカンを刺激する」と評された)ことをも確信犯的に取り込むことで政治的な挑発を突きつけるのに対し、BATIKは性に戸惑う(持て余す)思春少女的な振舞いで、かえって少女趣味のオヤジ目線を惹きつけてしまっている。だからかどうかしれないけれど、そこからの脱却化へむけてのイニシエーションを意図したのかもしれない。女児のかどわかしや贄を想起させる作品世界は、象徴的には安息からの引き剥がし、「通過」の傷みを想起させる。繰り広げられる叫びや痙攣、狂気の高笑い、それは、憑き物、トランスという「ダンス」の土俗的で根源的な来歴を呼び戻しもする。少女の名前が、呼び続けられるのも、通過への引き剥がしを促す去勢、それゆえ観ていてどこかがちょっとヒリヒリしたりもした。けどね、その意図が作品として成功したかどうかは、ちょっと保留したいところ。グルジェフ、はたまたインド~中東あたりを髣髴とさせる旋回舞踏っぽいムーブメントは、ときにハッとするものも少なからずあったけれど、ユニゾンの群舞は何だか高校生の発表会(女児的なプロポーションにこだわったのだろうけど、それも災いして)みたい。動きの一つ一つが、民族舞踊的なるモノ、舞踏的なるモノからコンポラ的なものまでが消化されないまま、折衷的なパッチワークに終わってしまってた。そして、全体を貫くアングラ劇的な世界観、私と同世代以上の客には、懐かしくもあったかもしれないけど、せっかくのエネルギー(これは相当凄い)が安易な方へ流れちゃったなという気がしないでもない。最後、舞台奥がバンっと開いて、カタルシスが訪れるって、60~70年代に散々観てきたよ。若い彼女たちには、新しいのかな?で、結局一巡して、オヤジ目線に回帰してしまってるんだよね。あの、ヒリヒリ感とか可能性はすごくあると思うので、今後磨き上げてゆく値打ちは充分あると思う。ジョセフ・ナジの「遊」(過去記事)で、黒田さんはあんなに魅せてくれたんだから。

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2007年3月28日 (水)

やってきたゴドー (impression)

『やってきたゴドー』     作:別役 実  演出:末木利文

3月24日~31日   俳優座劇場

0054s (画像はチラシをSCAN)

事件だよ、事件!!とっても大事件のはず.....なのに、ニュースでも見ないし、街で騒いでいるのも聞かない。何が?って、あの「ゴドー」が、とうとうやって来る!!<とうとう>。だからもっと、大騒ぎになっていたっておかしくないのに。でも、当の別役本人は、「かつて、待つことは『ドラマの喪失』であり、絶望的で厳粛な行為だった。でも今の社会でそれは『単なる出来事』になり、行為としてのむなしさはなくなっている。そうした現代の感覚を、ゴドーが来ても誰も気がつかないという形で提示しようと考えた」と言っている。じゃあ、作者の狙い通りってこと?事件じゃなくていいの?本当にみんな、それでいいの?!
50年前、ベケットの「ゴドー」は、<とうとう>来ない事で大事件になった。半世紀たって幻の「ゴドー」が、<とうとう>姿を現す筈の劇場は、一応は満席だけれど加齢臭がやけに目立ってた。
開演前の舞台上、上手にはバス停とベンチ、下手に古びた木の電信柱。そこは紛れもなく別役の世界、いつも通りの風がそよいでいるようで、なんだかとても「ほっと」する。別役実は今年で70歳になるという。そして、『やってきたゴドー』は、彼の129本目にあたる作品。昨年はベケットの生誕100年でもあって、そんな節目に、ベケットに多大な影響を受けた別役実の、偉大な師へのオマージュかはたまた挑戦か。たぶん、「ゴドーが本当にやってきてしまったら....」というベタな展開は、多くの作家が一度は思い描いたはず。でも、そのベタを公然とやって許されるのは、日本の不条理演劇を代表する彼をおいて他にはいないよね。
やがて舞台は始まり、靴を片方履いた浮浪者、見紛うことなきあのお馴染みエストラゴンが登場。続いてウラジミール、ポゾー(ポッツォ)、ラッキーと、「ゴドー」には欠かせない駒たちが出揃う。ここまでは、まさにベケット。そこへ、バスを待つ(なんて別役らしい!)女性、受付の女性、子供の父親を探す女性などが絡んできて、で、<とうとう>ゴドーが......。
すれ違いや、はぐらかし、道理に合わない展開、別役らしさが存分に発揮される。最近は若手コント作家の育成にも取り組んでいるとあってか、「不条理ドタバタ喜劇」の副題に偽りなく、大笑いするほど楽しめる。そして、ソコヌケに可笑しいことが、ソコハカと哀しかったり....(何が不条理って、人間がそもそも不条理で、それを映す戯画なんですね、別役芝居はいつだって)。待つこと、待たれること、到来、承認、齟齬、喪失。人間の存在と、人間の欲望、その仕組みのすべてがギュッとここにある。演出も役者も申し分ない。こいつを観ないというのは、いかにももったいないと思うのだけれど。
そうか、ゴドーがやって来ることより、こんなすごい芝居に、加齢臭のしない若手演劇人たちが、挙ってやって来ないことの方が、事件なんだ。

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2007年3月26日 (月)

POTALIVE駒場東大前編vol.1 museum(impression)

POTALIVE駒場東大前編vol.1  「museum」

3月23日~25日 京王帝都電鉄井の頭線駒場東大前駅西口改札前14時待合せ

作・演出・案内  岸井大輔(劇作家/POTALIVE主宰)
出演       木室陽一(ダンサー・振付家/POTALIVE主宰)
          垣内友香里(ダンサー/BennyMoss主宰)
          愛川武博(俳優・演出家/移動する羊主宰)
          笠木真人(俳優)

「こんにちは、どちらからいらしたんですか?」。集合場所に10分ほど前に着くと、主宰の岸井さんから声をかけられた。まず、普通では考えられないよね、観客一人一人が上演前に主宰者から話しかけられるなんて。そして、今日の観劇?上の説明なんかがあり、しばし開始まで待つことに。
POTALAIVEは、「お散歩演劇」。10名ほどの参加者が、案内者に連れられ舞台となる街を散歩しながら、作者が発掘したその街の記憶や物語をたどるというもの。途中、辻々に潜む出演者のパフォーマンスが仕掛けられていたり、フィクションとノンフィクションが入り混じったりと、観劇というより異次元に迷い込むような体験に誘ってくれる。私は2度目。初めて参加した前回、岸井さんのワークショップの卒業生の方たちによる作品集「LOBBY」(過去投稿参照)で感動し、是非岸井さん本人の作品もと思い、今回に至ったわけです。が、今朝は嵐のような風雨の音で目が覚めて、「さすがに、中止だろうなぁ」と寝巻きのままグズグズと中止の連絡を待つが、時間になっても携帯は鳴らない。決行かなどと思っていると、雨も小降りになってきた様子。ちょっと気分もメゲかけていたけど、やる以上は行かなきゃ。だって、劇場と違って、予約しといて集合場所に遅れたり行かなかったりしたら、他のお客さんにも迷惑をかける。で、慌てて仕度し、10分前に間に合ったというわけ。
そして、10名の参加者もそろい出発。と、あれ?、あっちにも同じような案内人が、別のお客さんに口上を始めている。えっ、別のプログラムが並行?そんなの、聞いてないけど?などと首をかしげながらも、私たちは岸井さんに従って行く。でも、途中途中で、その別働隊が影のように現れたり横切ったり。そして、我々の案内人岸井さんは、訥々と語りながら(前回の村井さんのような俳優さんと違った、飄々とした雰囲気が岸井さんの魅力で、別世界に連れてってくれます)、観客の反応やペースを確認しながら、物語行は進行してゆきます。われわれも、(時に仕掛けに幻惑されたりしながら)それを噛み締め、追認して...。するとクライマックスでは、まるで、演者と観客の視線(主観)の交わる交点(間主観)に像を結ぶように、今回のモチーフである青年将校の物語が輪郭をあらわに浮かび上がってくる。
路上演劇とかは、これまでも数多行われてきたけれど、客に共犯者としての自覚を促す演出は無かったように思う。そう、風雨に上演を危ぶみ、メゲル心を励まし、着いたところで作者に話しかけられ(たぶん、客のコンディションやら志向やらを探っているのだろう)、それらがすでに岸井大輔の術中ということ。別働隊は、我々の鏡像であって、観る観られることの自省対象らしい。奇妙な一群としての私たち観客がすでに待ち行く人の、視線にさらされている。演者と観客、街行く人たちの視線の交点、さらに合わせ鏡としての別働隊との虚像、それらの交差するところに、POTALIVEは現出した。
今回は、駒場東大前駅の由来、明治から戦前、戦中の天皇と陸軍練兵場(駒場から大橋一帯に広がっていた)、そして当時の青年将校の話なんかが、取材したもと陸軍兵のお爺さんの言葉を借りて(ときに、岸井さんがそのお爺さんの依り代として)語られ、追体験することとなる(これ以上は、ネタバレになるのでご容赦)。そして、最後の最後で表と影が交差し、まるでメビウスの輪のように私たちは虚像側へとさらわれてゆく.......

終わってから、参加者と岸井さんらとお茶しながらの雑談ができ、岸井さんの深遠なヴィジョン(内容は、こんなブログで教えちゃうのはもったいなくも憚られるので、ごめんなさい)も聞くことができ、価値ある一日でした。

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2007年3月21日 (水)

シュルレアリスム展 (impressaion)

シュルレアリスム展 謎をめぐる不思議な旅

3月25日まで 埼玉県立近代美術館

Surre0164 (画像はチラシをSCAN)

にしても、遠いよぉ、埼玉県立近代美術館。私の住む根岸線の最寄り駅から、現地北浦和までの道程を、ハイパーダイヤで調べたところ、下手に乗り換えたりせずに、ひたすら京浜東北一本乗り続けるのが、一番早いと判明。てことは、京浜東北のほぼ全区間制覇ということになる。あぁ。でも、シュルレアルへ浅からぬ思い入れがある私としては、めげるわけにも行かず、奮励決行!ってそんな大げさなもんか?(^^ゞ
思えば、1971年の竹橋での第1回ルネ・マグリット展、あれが、幻視にはまり込むきっかけでした。ちょうど同じ頃、状況劇場の追っかけやったりもして、十分変な子供を発揮、あれ以来今に至ってます。経済学部でありながら、大学の卒論のときもシュルレアリスム(インターナショナルへ参加したりといった社会運動としてのね)扱ったりして。
てなことで、やっとのことで埼玉近美に到着、マン・レイの例のメトロノームの映像がお出迎え。で、結論としては、代表作家を網羅的に集め、運動全体を概観したという企画です。俯瞰的なお勉強したい人向けではありますが、永のお付き合いの私には、少々物足りなかった。写真や絵画の平面物が多く、もう少しオブジェとかの立体作の出品も欲しかったし。ただ、ケイ・セイジ、セリグマン、ユバックなどの比較的後期(シュヴァンクマイエルの様に現役シュルレアリストを自任する人も存命なので、厳密にはどっから後期かわかりませんが)の作家が、並んでいるのは珍しく、観に行って損は無かったと納得。
と、出口で次回企画のお知らせ発見、「澁澤龍彦 幻想美術館展」4月7日から。えぇ、また、はるばる遠征しなくっちゃなんないっす!!

もう終了間際の遅い投稿ですみません。
埼玉の後は、4月7日から岡崎市美術博物館、6月2日から山梨県立美術館、7月21日から宮崎県立美術館、9月15日から姫路市立美術館と、巡回予定です。って、なんか「新日曜美術館のアートシーン」みたい(^^)。

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2007年3月12日 (月)

吾妻橋ダンスクロッシング (impression)

吾妻橋ダンスクロッシング

3月9日~10日 アサヒアートスクエア

出演者
Off Nibroll
KATHY
ボクデス&チーム眼鏡

ほうほう堂×チェルフィッチュ
身体表現サークル
康本雅子

スペシャルゲスト
宇治野宗輝&ザ・ローテーターズ

展示
Chim↑Pom

ビール片手にパフォーマンス三昧だんす!!
ガールスパンクのkiiiiiiiは、残念ながら体調不良につき急遽出演中止でしたが、それでもご覧の出演者、盛り上がらないわけないです。康本さんのいつになく激しいソロで幕を開け、ボクデス、身体表現とたたみ掛け、そして宇治野登場。ローテーターズ(ターンテーブルを使った音響スイッチングシステム作品)につながれた、ミキサーからはバナナセーキが吹き零れ、おなじみラブアーム(ミラーボールのバージョンでした、個人的にはギンギラのバイクタイプが好きですが。)を携えて、なんと歌う宇治野(ゴージャラスのときも、彼が歌ったとこは観たことありませんでした)。そして1部終了休憩でトイレに駆け込むと、そこにはChim↑PomのアブナくキュートなDVD展示!!休憩ったって休んでる暇ないし、2部へとなだれ込む。大好き美邦ちゃんのOff Nibroll(でも、本公演から一週間も経たず、次にはBankART公演を控えてのまるで修行のような激務、さすがにバテてた、ごくろうさま。)、ほうほう堂(チェルフィッチュ岡田氏とのコラボ・シリーズです)、再び康本さん今度はデュオで、あの飄々とした康本節の炸裂。そしてそして、KATHYが客を巻き込んでの大暴れ(ベジャール以降、こんなすごいボレロは無いよね、なんて( ^ o ^ ; )。で、まだ終わらない。最後に控える、BonusTrack隠れキャラは、あの臭い液体を撒き散らしての ( ̄ロ ̄lll) えー!!って蟹の汁です)ダンス!!!すっかり堪能したダンス。みなさまお疲れさまダンス!!!

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2007年3月10日 (土)

東京シティ・バレエ団meetsコンテンポラリーダンス(impression)

東京シティ・バレエ団meetsコンテンポラリーダンス

3月9日 ティアラこうとう

真島恵理  『死んだ男』                 古藤舞
          『生きている女』           五十嵐妙子、小林洋壱
鈴木ユキオ『犬の静脈』                嶋田和香子、三好麻沙美、福地真理絵
楠原竜也  『かじったかじつかじる』 山口華奈、堤淳
白井麻子  『2にんげん』               友利知可子、采あさみ

なんだか伝わってくるとても楽しい公演でした。振付家の中の3人は、バレエ・ダンサーへの振付けは初めて。そしてダンサーの全員が、コンポラ初体験。上へと志向するバレエと地ベタを常に意識するコンポラ、さらに強度のべクトルも密度もプロポーションも異なる身体をもってのお互いの挑戦が、実に真摯に現れていて素敵。
施設の中を移動しての鑑賞。エントランスや地下駐車場、外のファサードなど。床に倒れたり転がったりしたことなんて今まで無かっただろうに、まして地下駐車場のリノさえ敷いていない剥き出しのコンクリを素足!!コンポラでは当たり前のことだけど、彼女たちには、痛かったり冷たかったり大変な経験だったでしょう。しかも、振り付けたって、「踊るな!」とか、「腰を落とせ!」とか、普段の形式的なPasとは程遠い、でもそこはジャンルは違えどダンサーの意地、見事にそれなりに自分たちのものにして魅せてくれました。手足の長いバレエ・プロポーションによる鈴木ユキオ作品なんか、とっても新鮮で良かった!!振付家もバレエと親近性のあるものから距離の隔たったものまで、バランスよく選ばれていたように思います。
お嬢さん、お坊ちゃんたちの、始めてみる不良世界との目も眩む出会い!?てな感じでしょうか。クラッシクが、先行するシステムのフレームに身体をはめ込むのに対し、身体が先行するコンテンポラリー。リプレゼンテーションが主な領域であるバレエと、プレザンス=現前が主眼となるコンポラ。ヨーロッパのバレエ団をはじめとして、いまやコンポラを扱うことは珍しくは無いけれど、得てして単なるレパートリーの一部であって、さほど意味の無いものも少なくは無い。でも、今回は一生懸命慣れない振り付けやメソッドに果敢に挑むだけではなく、それなりにそれぞれのコンポラ作品の持つ身体的な意味を一度引き受けてから、よく表現されていたと思います。ちょっと重心の高いポキっと折れてしまいそうな、『犬の静脈』もいいじゃん!!もっといろんな振付も観てみたいけど...、でも身体表現サークルは無理だろうなぁ(エロオヤジでごめん(^^;)。

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2007年3月 8日 (木)

20世紀美術探検-アーティストたちの三つの冒険物語-(impression)

20世紀美術探検-アーティストたちの三つの冒険物語-

3月19日まで  国立新美術館

やっと行ってきました、1月に乃木坂に開館した国立新美術館。その開館記念展です。予告にあった、セザンヌ、シュヴィッタース、富本憲吉、中西夏之らがどう繋がって、如何にひとつの企画展という同次元上におさまるのか、大変に興味があったのですが...。今展は、物の表現、生活や消費社会との関わり、マテリアルといった大きく三部に構成されていて、いわば20世紀美術の変遷を概観するようになっている。つまり、上記のアーティストたちもその軌跡の中のそれぞれのポジションに、配置されているわけで、なーんだ、といったところでした。大きくいえば20世紀という美術運動の大きなうねり中で、繋がっているっちゃぁいるわけだけどねぇ。まぁ、簡単に言っちゃうと、まるで近現代美術の教科書を見ているみたいだった。中高生のお勉強には、最適。というわけで、かなり多くの点数が、張り切って集められていますが、どれも過去の展覧会でお目にかかったものばかり。とくに発見は、なかったよ。

評価できるところは、

1.図録が安い。2,000円。400ページの分厚さで、図版はオールカラー、解説も充実。教科書のような展覧会の図録だけあって、資料的価値は高い。ぜひ、手元に置いておきたい一冊。

2.建物の入り口にある、歩兵第三聯隊の百分の一の建物模型。なにせ、昭和の曰く付きの場所に建つだけあって、こういう資料をちゃんと設置してあるのは評価できます。旧陸軍第一師団歩兵第三連隊は、226事件の中核となったことでも有名ですね。戦後は米軍に接収され、その後は全面返還という話もありながら、何故か半分だけが還され、都立青山公園と最近までは東京大学生産技術研究所がありました。その東京大学生産技術研究所の跡に、新美術館が建ったわけです。で、で、未だに返してくれないあと半分はどうなってんの?実は、米軍のヘリコプター基地になってます。東京のど真ん中、六本木の一等地に米軍基地!? 知らない人多いですが、あるんです。ここのヘリコプターがかつて故障して杉並の中学に不時着したりとか問題も起し、返還運動もあるんですが、還してくんないんです。何せ便利ですからね、横須賀の将校さんたちが六本木のキャバクラ繰り出すのに使ってんじゃないのォ?とか、勘ぐっちゃいますよね。ま、こういう諸々を考えさせてくれるので、この歩兵第三聯隊模型は、良しです。(若い人たちが模型見ながら、「何なのこれ??」とか言ってたので、ちゃんと解説も付けて欲しいです。うん、解説無いのは、マイナスポイント!)

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2007年3月 5日 (月)

踊りに行くぜ!!Vol.7 SPECIAL IN TOKYO (impression)

踊りに行くぜ!!Vol.7 SPECIAL IN TOKYO

3月2日~3日  アサヒ・アートスクエア

1.酒井幸菜
モダンダンスの常套句や音楽のアテ振り的な動きに、差し挟まれる新奇な振りが、ズラシ効果を持った固有のフレーズを産み落としてゆく。そのはぐらかした様な感覚が面白い。

2.納谷衣美×山下残
大きな男性と小柄な女性の凸凹組が、現れるだけで可笑しい。その可笑しさが、ちょと哀愁をも醸しながら、アクロバティックに組んず解れつしてゆく。笑かしてやろうという企みと間が、決して嫌味でなくて、ダンスの可能性って尽きないよね、と思わせてくれる。

3.坂本公成+佐伯有香
身体というフレームの不自由さを問うかのように、胎動にあえぎ、反り返る。最初の立ち位置を維持するという、タスクと思われたものが、後半足場を離れてしまうことで、散漫なものになってしまった。

4.江藤由紀子
身体とて主体の版図ではない。他者の住まう身体をモノへと還す試み。床に座りこみボールペンを永遠とノックし続けるそれは、ゲシュタルトを溶かし身体の意味を散逸させる。けど、後半はやや冗長な感じ。

5.康本雅子
内・外を往還するその軽やかさ。そんな彼女の身上が滲み出ていた。

6.Ko & Edge Co.
躓くことの、崇高さ。

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2007年3月 3日 (土)

Nibroll 「no direction」 (impression)

Nibroll  「no direction」

3月2日~4日 パナソニックセンター東京有明スタジオ

壊れ方の、完成!!Nibrollの「脆さの叙事詩」が、パーフェクトな展開を魅せてくれた。黒とストライプを基調とした衣装と背景、エッジの効いた照明、そのいつに無くスタイリッシュな出だしから、出来栄えを予感させる今作。パフォーマンス、美術、衣装、照明、音楽、全てが、見事に調和している。それぞれの分野のディレクターによる、分業合議制での創造を旨とする彼らは、時としてそれらが上手く噛合わない側面もある。しかし、今回は渾然と適度な距離と危うさを保ちながらも、作品という完成体に見事にバランスされている。高橋君の映像もいつも以上にすばらしくて、それだけで独立した作品といえるほどだが、決して突出したり浮き上がっているわけではなく、作品全体のレベル向上に十分に寄与している。例えば、白い高層ビル群の中を堕ちて行く飛行機や自転車などのやはり白いシルエット。その前面に絡むダンサーたちの身体の図には、思わず魅入られてしまう。
かつて、私は彼らを「現代の東京を描いたピナ・バウシュ」と称し、受け入れられなかったことがあるけれど、これを観たら皆納得するのではないか。いや、もはや彼らはNibrollにしかできない次元に居る。個々のパフォーマンスを微細に観れば、ちょっとバタバタしすぎたダンスといい、決して褒められたものではないことも事実だが、流麗なダンスが見たければ他を観ればいいわけで、Nibrollが観たいから行くという無二の世界を確実にしている。それは、完成しているからではなく、壊れているからに他ならない。痛み、不全、脆さ、危うさ、など「いま」の抱える壊れ方が、協奏をなしている。人として在る症状、それが矢内原美邦らの境界例、これまでの神経症的な言葉、身振りに垣間見える現実と共鳴するように、観るものを射すくめさせる。間違いなく、彼らの代表作に位置づけられるだろう。

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2007年2月28日 (水)

これから観に行きます。 vol.6 (information)

このところの公演ラッシュは、いつ落ち着くのでしょうか(一説には、年度末で助成金消化のためとか)?いやいや、理由はともかく、面白いのが観られればそれで充分。イベント通いは続きます、で 3月のお勧め。

Nibroll  「no direction」  3月2日~4日 パナソニックセンター東京有明スタジオ

待ちに待った3年ぶりの新作。福岡を見た人とか、アチラコチラで評判盛り上がり中。早く観たい、あと二日の我慢です!!

吾妻橋ダンスクロッシング 3月9日~10日 アサヒスクエア

出演<off Nibroll、KATHY、身体表現サークル、ボクデス&チーム眼鏡、ほうほう堂×チェルフィッチュ、康本雅子>
スペシャルゲスト<宇治野宗輝&ザ・ローテーターズ、kiiiiiii>
なんてメンバーなの(*o*)。すごいことに、なりそう!!

POTALIVE
小竹向原編vol.1 3月2日、4日、10日、16日、17日
駒場編vol.1 3月3日、9日、11日、23日、24日、25日

前回初体験して、ハマッちゃいました。体験あるのみ!!

「やってきたゴドー」  3月24日~31日  俳優座

作:別役 実  演出:末木利文  劇団:木山事務所
「ゴドーがホントに来ちゃったらどうよ?!」って誰もが思いついちゃうけど、イケシャァシャァしちゃって許されるの、別役実っきゃいないでしょ!いよいよ幻のゴドーのご尊顔を拝することができる???

指輪ホテル「YIN&YANG(Please Send Junk Food & CANDIES girlish hardcore)」
3月28日~31日  森下スタジオC   

最新作と旧作新演出の同時上演。楽しみです。

BATIK  「ペンダントイブ」 3月29日~31日  世田谷パブリックシアター

べ、べつに、オヤジ趣味で行くわけじゃないですよ!って断ると余計怪しい(^▽^;)?成長著しいという黒田さんの確認に。

off Nibroll  「public=un+public Vol.2」  3月21日~31日  BankART studioNYK

北京、台北からの映像インスタレーションがかなり!!ニブロールの矢内原、高橋両名が申しておりました。期待大!!

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2007年2月25日 (日)

ほうほう堂×チェルフィッチュ『耳かき』(impression)

ほうほう堂×チェルフィッチュ 『耳かき』

構成・演出:新鋪美佳/岡田利規/福留麻里
出演:新鋪美佳/福留麻里

2月23日~27日  STスポット

0163 (画像はチラシをSCAN)

そこはかとない他者の侵入。チェルフィッチュの岡田利規とほうほう堂の二人という、いま注目の二組によるコラボレーション。岡田氏の書いたテキストに、ほうほう堂の二人がダンスという身体で応え、それが再度テキストに反映するという繰り返しで創作されている。思えば、言葉とは他者のシステムの最たるもの。だから、そのテキストを巡り、間主観的に生み出された結晶といえるかも。岡田氏がテキストを提供し、ほうほう堂の二人がダンスで応酬するというのは、(解りやすくザックリいえば)言葉、理論の生き物である男性と、感情、身体に重心を置く女性という点から、ごく自然にも思える。だからか、二組とも今回の作業は難しくなく、楽しくできたと言っている。でも、他者のシステムとしての言語は、当然語り語られる過程で、取りこぼしを生んでゆく。その語りえぬ他者を、淡々と、そこはかとなく掬い取るような、ほうほう堂の身振りが、実に今日的な気分を滲ませていた。

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2007年2月24日 (土)

しはに-subsoil (impression)

Abst『しはに-subsoil』
構成・演出・振付:白井剛
出演:岡本真理子、楠原竜也、上月一臣、森下真樹、白井剛

2月23日~25日  吉祥寺シアター

「不可能性」を孕んだ私的言語のざらつき。前半、スローモーションで床を転がるような、時空のゆがんだ舞台が展開する。不安定に立ちずさみ、転倒し、ゆっくりと転がり重なり合う。舞台やや下手には、スロープが設えてあり、そこにまるで異空間、世界のあちら側に通じるような穴が開いていて、ダンサーたちはそこにはまり込んだり、そこから這い出てきたり。そしてスロープを背中で旋回しながら滑り降りる、ゆっくりとスローモーに。天井から吊るされたハイハットに水滴が落ち金属音を立てている。
そして後半、舞台のスロープをなしていた板が吊り上げられ、垂直に宙吊りされ真っ赤な照明があたり、先ほどの穴がますます黒々と立ち上がる。現代音楽が奏でられ、ムーブメントは一転、身体をよじる独特なものに変わってゆく。
前半のような、スローな動きには、とくにダンサーの強度や技が問われるが、十二分にこなしていた。いやそれ以上に、まったく不自然なエビゾリから起き上がるなど、驚異的でさえある。しかし、あまりに緩慢に過ぎ、客を倦ませたのも事実。後半の展開には、きっと白井が実際に直面したであろう、外部の裂け目との密約を語る、という不可能性の回帰を確かに見た。だが、前半とのバランスや構成など、賛否や好みが大きく分かれる作品でもある。

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2007年2月18日 (日)

わたしは血 (impression)

ヤン・ファーブル テキスト・舞台美術・振付
『わたしは血 JE SUIS SANG』~中世妖精物語~

2月16日~18日 彩の国さいたま芸術劇場

Jan0163 (画像はチラシをSCAN)

開演序盤、会場に広がる葉巻の独特の香りと甲冑の音が、強く私の感覚を刺激した。メタファー、メトニミーの祝祭が幕を開け、舞台は、解剖台と化す。「血」を腑分けするための。ダンス、パフォーマンス、衣装、道具、そしてテクスト、血につらなるパラディグム、傷、刃物、生贄、魔女狩り、鞭打ち、葡萄酒、パン、去勢...。でも終始私は、既視感に苛まれた。衝撃は受け取れなかった。意識されているはずのアルトーが、透けて見えてしまった所為かもしれない。もちろん二重否定の末のアルトーだが。いま生の身体を問うことは、二重の意味で「血」に行き着いてしまう。生物的な血と、系譜としての血(血筋)。すでに失われて在る「私」も「私の身体」も、素通りされるしかない。Je suis 「SANG=血」は、「SANS=無い」でもある。
あるいは、アヴィニョンでの、センセーショナルな評判に、過剰な期待を寄せすぎていたのかもしれない。スキャンダラスに振舞おうとする、表面だけが浮き立ってしまっているように見えた(もちろん、テーマからして確信的に「表層」でしかないのは承知だが)。でもステレオタイプに見える構造も含めて、解り易過ぎるというのは、何かの罠なのか?歴史、宗教体験の希薄な私たちには、解らないことなのか?いままで、ヤン・ファーブルの作品に裏切られたことは無いのだけれど、今回初めて期待を下回ってしまった。

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2007年2月14日 (水)

アート・バーレスクの一夜 (impression)

Cafe Live Series 2006 Vol.3
「アート・バーレスクの一夜」

2月10日  BankART Studio NYK 2F/ギャラリーB

Cafel0145 (画像はチラシをSCAN)

出演者:
YUMI UMIUMARE(ゆみ・うみうまれ)
MOIRA FINUCANE(モイラ・フィニューケン)
ゲスト: たかぎまゆ、バービー・マコ

オーストラリア、メルボルンより、ゆみ・うみうまれ、モイラ・フィニュケーン&ジャッキー・スミスを迎えてのカフェライヴ。シドニーオペラハウス、アデレード・キャバレーフェスティバルなど、オーストラリア国内外はもとより、エジンバラ・フリンジでも売り切れ、立ち見続出の大ヒット作、「バーレスク・アワー」から抜粋した小作品のジェットコースター!!
中近東エンターテインメント、ベリーダンスのスターバービー・マコとキャバレーパフォーマーたかぎまゆをゲストに迎えて、ヨーロッパ劇場式パフォーマンスであるキャバレーを繰り広げる。ショックと癒しがクロスする『アート・バーレスクの一夜』が横浜で炸裂する!

夢に見そうなほど素敵にイカガワしくて、ハラハラな一夜でしたよ(*o*)。コギャル姿で登場のゆみ・うみうまれは、パンツを次々脱ぎ捨て放り投げるは(実は何枚も重ね穿きしているのですが)、いかれたカフェテリアのウエイトレスのモイラは、やはり股間はパンツの中から取り出した角砂糖を溶かしたコーヒーカップを床に投げ、ミルクを飛ばすは、舞台花道の前列に陣取ってしまった私は、いったい何が飛んでくるのかハラハラし通し(私の隣の席の男の子は、パンツを顔で受け止めてました(^o^;)。一方、受けて立つのは、たかぎまゆ。この濃いキャラの中でも見劣りするどころか、むしろ笑いのとり方では勝ってたかも。何故か「餅」に関する、実に格調ある文化教育的なナレーションにのって、振付・踊るとは、悶絶必至で「やるなー!」状態。そして、今宵のトリは、やはり何と言ってもモイラ、真っ赤なビキニの胸と下半身前後につき立てた無数の針と風船で・・・。ジェンダーやバイオレンス、視線と権力などなどのテーマも盛りだくさんだけど、何よりバーレスクなキャバレー・ショーの怪しさ、いかがわしさの炸裂が、うたい文句に偽り無しでした。

いま、横浜は、あちらこちらで再開発が押し寄せている。北仲周辺の倉庫群は、森ビルの手で高層ビル街へと変えられようとしているし、このブログの以前の記事にも書いたように桜木町の落書きは、管理された中身の無い壁画に堕し、あの黄金町の私娼窟も何の歴史的な考察も戦略もないまま閉鎖され、体よい文化プロジェクトに取り込まれている。なんだかまるで、マネーロンダリングを思わせる。臭いものをとにかく体よく隠蔽するには、その寄って立つ歴史も記憶も関係なく、アートでくるんでしまうのが丁度いいとばかりに。見てくれの綺麗さだけを装って、本来の横浜の持っている「美」のディオニュソス側が奪われようとしている。
そんな折、このいかがわしくも怪しいイベントは、倉庫跡というまさに横浜にうってつけの悪場所(日活アクションの観過ぎか(^▽^;)?)に、一夜の悪場所を現出させるという、絶好の企画。「美」を理解できない、役人や開発屋たちには、到底かなわぬ催し。拍手!!

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2007年2月11日 (日)

FAIRE L'AMOUR 愛しあう (impression)

日仏共同制作プロジェクト“ 愛しあう[FAIRE L’AMOUR]”

2月9日~11日  横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール

ネオン・高層ビル・眠らない街・・・ “愛しあうフランス人二人” 最後の愛を確かめる場所-東京
日仏共同制作第一作「Line」、第二作「Focus」が大好評だったフランス人演出家ヴェロニク・ケイが身体・映像・音楽・言葉をもちいて、斬新に視覚化。激しくとも美しい愛の世界を描きだす。

原作:ジャン=フィリップ・トゥーサン / 演出・脚本・映像:ヴェロニク・ケイ / 振付:ヴェロニク・ケイ、康本雅子 / 出演:ピエール・ミニャール、康本雅子 / 音楽:フレデリック・ミニエール

まるで映画を生で観ているみたい。なんじゃそれ?と、突っ込まれそうだけど、演劇でもパフォーマンスでも映像でも音楽でも詩でもなく、でもその全てでもある。本当に、生の映画としか形容しがたいもの。ギターとエフェクト音、男優の歌とも叫びとも決められない語り、つぶやき、東京という幻の様な街の映像、女性ダンサーの身体とシルエット。そして、恋人、営み、別れ、異邦の地、異邦の時間。それら全てが、断片的でありながら、有機的に織り成す、無重力のスペクタクル。願わくば、せっかくの康本さんのダンスを、もっと観たかった。ちょっと、物足りない。

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2007年2月10日 (土)

上村なおかソロダンス2007 (impression)

上村なおかソロダンス2007 ニューホライズン

2月9日~11日  ベニサン・ピット

Nh_c_mte1 (画像はWEBより転載)

しなやかさの中の凛々しさ、柔らかさと強さの同居などと形容されることの多い彼女。本作では、あらたに怪しさという美しさが加わった。あえて不恰好に身体を捻り、奇態に身をよじり、しかしときに、えもいわれぬ(つまり言葉に回収できない、リアルな手触り)美しさを見せる彼女の所作は、これまでにない語り口とエロキューエンスで観るものに迫る。それは、あたかも身体に潜む深層の志向、そんなものがあるとすればだけれど言わば身体の無意識を捉えようとしているかのようだ。その試みを支え際立たせる、照明も印象に残った。如何に身体の呪縛のタガをはずし、その奥底の奔流をどう現出させるか、そうした格闘の軌跡。NEW HORIZN=限界の新しい開けへの、意欲的かつ美しい挑戦といえよう。この新しい地平への旅が、何処へ向かうのか、またしばらく見守りたい気持ちになった。

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2007年2月 8日 (木)

神村恵「山脈」 (impression)

神村恵カンパニー  「山脈」

2月3日~4日  こまばアゴラ劇場

5人の出演者が、一人ずつ登場し、それぞれのしっくり来る場所を見定めるように、その位置に収まってゆく。あるものは立ち、あるものは座り、あるものは膝で立つ。また、最初のひとりが動いて、新たな場所を定めると、次のひとりが再びステージの前から全体を見渡し、自分も新たに収まる位置と姿勢を決める。ということが、次々に繰り返される。なんだか、チェスの駒運びを思わせる。常に変化する関係性の中で、相応しい場所、距離、姿勢を探す行為。これは、今回の作品全体に通底している。やがて、ポーズをとる人間の上に、登ったり、横たわる者の上を、飛び石のように伝ったり。そして、走る、歩く、仰向けで身体をゆすって進んだり、そのどの動きも、これ以外に無いというような切実なポジションを考えながら進行してゆく。それは、関係性やコミュニケーションの複雑性に、悩み続ける我々自身の鏡像・・・。以上からもわかるように、オーソドックス(何がオーソドックスかとかの、深い議論は置いといて)なダンスではない。身体のムーブメント表現の模索といえるかも。でも、堅苦しいものではなく、そこはかとなく可笑しい。ふと不条理な、オチのない、4コマ漫画を観ているような気も。これも、日々の我々の姿かもしれませんね。

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2007年2月 4日 (日)

POTALIVE 「LOBBY」(impression)

POTALIVE(ポタライブ) 駒場編vol.2 『LOBBY』-3

2月3日~4日 駒場アゴラ劇場 周辺

『 燈-ともしび-』
作・演出・案内 村井美樹(女優)
出演 垣内友香里(振付家・ダンサー/ダンスユニットBennyMoss主宰)

「散歩しながら楽しむ」路上演劇、ポタライブ。今回は、駒場アゴラ劇場を拠点に、周囲の街路が舞台。まず、アゴラのロビーで主宰の岸井大輔さんから説明とメニューが提示される。ちょっとフラッと立ち寄ったお買い物気分で、5つの作品の中から、村井美樹さん作の『燈』を選んだ。ポタライブは、舞台となる街や路地に取材し、土地にひそむ記憶や埋もれた歴史を発掘し、それを素材として、創作されている。

案内役(作者であり出演者でもある)のとても可憐な女性、村井美樹さんに引き連れられ、街を巡る探検が始まる。元ドブ川のあった、人家の裏を通る細い細い路地、壁画にいそしむ不思議なアーティストの運営するヘアーサロン、高架下のカカシ(カカシ?駒場に?)。日常、見落としがちな街の陰にひっそりと息づく、非日常のフタがそっと開かれる。そして、やけにこの街には消火器が多いなどとガイドされながら巡るうち、辿って来た路地に参加者も迷い始めた頃、知らぬ間に物語がそっと侵入し始める。そういえば、先ほどから、赤いぼろの肩掛けをまとった老女らしき影が、私たちの行く手の辻々に。以前この辺りで起きた大火事と、火元と疑われたゴミ屋敷の老婆の話が語られはじめ、時刻は丁度、逢う魔が時。虚実はもはや溶け合って、区別はつかない。村井さんの絶妙な導きもあって、私たちは何処にいるのか、と感覚がふっと離陸する。そんな折黄昏の幼稚園の庭を前に、村井さんの歌う、宮沢賢治の「星めぐりの歌」。「あかいめだまのさそり ひろげた鷲のつばさ あおいめだまの小いぬ」。その詩と歌声の美しさ、まさに街が何処でもない場所へと変貌する。ここは、外界から隔離された劇場などの特別な空間ではない。でも、日常へと続いているはずの足元の道は、束の間の夢幻へといざない、私たちもその一部へと迷い込む。子供の頃の、あの路地裏や廃屋、空き地の暗がりにポッカリ空いた異次元への入り口。そんな、懐かしく、切ない思いが呼び起こされ、そしてクライマックス。村井さん詠ずる銀河鉄道カムパネルラ(村井さんのイメージにぴったり)のサソリの件は素晴しく、はるか見渡す暮れかかる街に染み入り、胸に迫りました。

今回、ポタライブへは、初めての参加。とても、素敵な体験させてもらいました。他のメニューや岸井さんの作品を観てはいないので、全体的に語れることではないけれど、こういう試みでは、きっと寺山の『ハプニング』が先達として持ち出されると思う。でも、ポタライブにはあの頃のような、大げさな演劇的なテロリズムめいたものは、微塵も無い。岸井さんがどこまで自覚的かはわからないが、日常の街角に非日常を穿つひそやかな(やさしくもある)行為は、しかし、決してあの時代の力尽くのカウンターカルチャーに劣るようなものではなく、からめ捕られた象徴をずらし文脈を転換するという、危険さえも孕み得るような、とっても現在的な試みだと思う。次の機会にも参加して、ぜひ確かめたいです。

ちなみに、当ブログの名前のwander-dist.は、「彷徨う地区」「散歩区域」というような意味を込めています。だから、POTALIVE、共感です。

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2007年2月 3日 (土)

ナチョ・ドゥアト「バッハへのオマージュ」 (impression)

スペイン国立ダンスカンパニー
ナチョ・ドゥアト「バッハへのオマージュ」

2月3日~4日 神奈川県民ホール大ホール

10027701f1 (画像はWEBから転載)

グレン・グールドの「ゴルドベルク」で始まるそれは、まるでバッハの音楽が、艶やかな肉体を持って現れたよう。あのグールドの唸りが、なまめいてダンサー(ナチョ・ドゥアト本人)に宿る。次の「カンタータ」では、オーケストラをダンサーが再現、演奏者というより、一人一人が楽器?続く「無伴奏チェロ組曲」に至り、バッハを演じるダンサーが、チェロに見立てた女性ダンサーを奏でることへと発展してゆく。そして、「音楽の捧げもの」「ブランデンブルグ」と馴染み深いバッハの名曲が次々と、そしてダンスは楽器から、音の一つ一つへと、まるで楽譜の構造を解析、たどるように展開してゆく。通奏音のようにゆっくりと歩く数人の中を、旋律にのり軽やかに舞うダンサー、チェンバロの音の跳ねるような軽やかなステップ。それは、舞台上で楽曲とダンスのノーテーションが、交差する眩い瞬間を現出させる。そして、第2部。より音楽の世界観へとダンスは深度を深めてゆく。あのちょっと硬いイメージのバッハが、こんなに詩情豊かで、ヴィジュアル・イメージに溢れていたかと驚かされる。今後、バッハを聴くたびにたぶん、この光景が甦るだろう。クラシックの正統さを保ちながらも、極めて斬新。気品と奇抜の高度な調和に酔った。ただ、バッハって本当に脳中枢の気持ち良い部分に、集中的に作用するもんだから、1部2部あわせて全21曲の音の波は、かなり夢見心地にさせてくれそうになり、大変でした(^^;)。

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2007年1月30日 (火)

松田権六の世界 (impression)

漆芸界の巨匠  人間国宝 松田権六の世界

  ~2月25日     東京国立近代美術館工芸館

Top (画像はWEBから転載)

松田権六著 『うるしの話』に、こんな一節があります。
「明治以降各種の展覧会がさかんなこと開闢以来であるが、おそらくは今では一年間に大小あわせて数千の展覧会が開かれているだろう。昔は三拝九拝して随喜の涙で名作品を拝見したものだが、今日では天下の国宝を何十点でも一度にみられる。」「しかし、あまり恵まれすぎるとありがたみが薄くなって、粗雑な見方をする習慣が一般についたのでないかと思われる。」(岩波文庫版282ページ)
古典に学ぶことの大切さを説いた箇所ですが、自身漆芸の頂点として学ばれる対象となった、松田権六ご本人の展覧会で、痛いほどその真意に触れました。漆聖と呼ばれ重要無形文化財保持者、いわば人間国宝であった松田権六。私は、学生時代に何気なく手に取った『うるしの話』(当時は岩波新書、現在は岩波文庫から出ています。)を読んで以来、彼の魅力にはまってしまいましたが、今回は、その代表作と名高い名品のほとんどが、それぞれの収蔵先から一堂に揃えられるという、どれほど強調しても足りないほど貴重なものです。本人の作品だけでなく、彼が研究した古典美術、保存修復を手がけた文化財資料、そして師と仰いだ六角紫水と白山松哉などの作品も展示され、その古典や先達に学ぶ熱意の一端を窺うこともできます。
しかし、前掲の彼の言葉ではないですが、本当に名作品の実物に触れることができるというのはすごいことです。今まで写真でしか見たことがなかった本物を前にして、総毛立つような感動を味わいました。もはや伝統とか前衛とかを超越して、屹立する極北の至芸、うーん追いつく表現が見つからず月並みな言葉にしかできないですが、ほんとそんな感じ。例えば、棗のなんて愛らしくモダンなこと。かの「蓬莱之棚」、写真で見ると何だか派手派手?なのが、実物のなんと朱の落ち着き、そして戦時中に作られたという意味の深みの伝わることか。観るものを吸い込むような黒漆はまるで、宇宙以前の原初の闇か、はたまた終末のブラックホール(漆黒というものね)。何故、漆を英語でjapanというのか。単に、名産というだけではないような気が・・・。「美しい国」を謳いながら、自ら日本を汚しているあの人たちに、japanの真髄を観て欲しいと思ったりもしました。

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2007年1月28日 (日)

3mmくらいズレてる部屋 (impression)

珍しいキノコ舞踊団×ジャスティン・カレオ 「3mmくらいズレてる部屋」鎌倉公演

1月28日 鎌倉芸術館大ホール

3mm0144 (画像はチラシをSCAN)

思えばキノコたちとは、もうずいぶん長い付き合い。ほとんど旗揚げの頃、ガーディアンガーデン演劇祭での受賞公演を、渋谷スペイン坂の上に当時あったスペースで観て以来。その後、私が関わっていたカンパニーに、キノコのメンバーに参加してもらったりして、まだまだ初期の小さい会場でやっていたような頃から、追いかけるようにずいぶんといろいろ観てきました。だから、今回のような大ホールでの公演には、成長した娘を見るような気分(^_^)。でも、本来彼女たちはご存知のように、踊る場所を選ばない、というか積極的におよそ公演とは無縁の外した場所で活動している。かつてのように、なかなかすべて観に行くことはできないけれど、一番最近見たときは、横浜のファニチャーショップのショウウインドーとカフェでの小公演。だから、劇場での公演自体、観るのはほんと久しぶり。
今回は、日豪交流年の一環として、メルボルンに滞在し、現地のアーティスト、ジャスティン・カレオ氏とのコラボレーション作品とのこと。すでに、金沢、名古屋と巡り、首都圏では初の公演。コラボレーションというと、異質なぶつかり合いを想像するけど、ジャスティン氏の美術は、まったくキノコの世界観と違和は無い。脚の長さが違って傾いたテーブルや椅子。キリンの椅子やデフォルメされた大きなボトル(ラベル部分が開閉してここから演者が登場する)、吊り下げられたハンガーの照明。そのどれもがカラフルで、ガーリーだったり、キッチュだったり。世界観は非常に近似してる、けどちょっと異分子といった、ちょうど「3mmズレた」コラボということか。この少し平衡感覚が狂ったような部屋で、キノコ流のズレたホームドラマが展開する